鰻和弘(銀シャリ)

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鰻 和弘(うなぎ かずひろ、1983年8月31日 - )は日本のお笑い芸人お笑いコンビ銀シャリのボケ担当。吉本興業(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)大阪本社所属。大阪NSC25期生。身長171cm、体重65kg。血液型A型。大阪府八尾市出身。

来歴

子ども時代(1983年-)

1983年大阪府八尾市に生まれる。小学校1年生の頃から中学3年生まで、約10年間全54巻に上る漫画を書き続けていた。きっかけは家が貧乏でゲームなどを買ってもらえなかったからで、家にあったペンとノートを使い、ゲームをする自分を主人公にした内容の漫画を描いていた[1]。 清友高校卒業。

NSC時代

NSC25期生。同期はジャルジャルやプラスマイナスなど。[2]

当初は「ポジションパーラーすえすえ」というトリオで活動していた。この頃は漫才をする時、黄色のTシャツを着ていた。

解散後、ツッコミがうまい相方を探し求め、同期で有名であった橋本を誘う。 当時は橋本とコンビを組むため、一年ほど実家の八尾から橋本の住んでいた伊丹まで毎日原チャリで通っていたという。[2]

銀シャリ結成(2005年-)

2005年6月結成。「銀シャリ」というコンビ名は、お互い20個ずつコンビ名を出し合った結果、たまたま一つだけかぶっていたため。

ABCお笑い新人グランプリで、2008-2010年と3回連続で最終決戦3組に残ったが優勝は逃している。初期のルールでは最終決戦3組に残ったコンビは翌年以降の本選に参加できないことになっていたので、この珍記録を持っているのは2010年現在、銀シャリだけである。

陣内智則から「サンゴ」という芸名に改名するように提案され、橋本は賛成したがが断ったため、橋本が『R-1ぐらんぷり』で「ハシモトサンゴ」という名前で出場した。

第5回BGO上方笑演芸大賞にて映像作品賞を受賞した。受賞作品は四条和也(学天即)を起用した『四条マンション』(劇場イベントで使用した映像である)。

現在(2010年-)

M-1グランプリ2010』にて初の決勝進出を決めるも、5位に終わる。

『THE MANZAI 2011』にて認定漫才師に選ばれる。予選24位、ワイルドカード決定戦を勝ち上がり決勝進出。

出身地の八尾市が本場に当たる河内音頭が好きで、2010年10月から河内家菊水丸の一座へ弟子入り。入門志願の際には、菊水丸が最も嫌う一派の音頭を(事情を知らないまま)歌ったため、菊水丸から「(親交の深い)たむらけんじ・ハイヒールリンゴを後見人にする」という条件を付けられたという。 入門を許された後は、漫才師としての活動のかたわら、1年間弟子として修業。2011年6月15日に、菊水丸から「河内家上り丸(のぼりまる)」の襲名を許された。同月25日に大阪で開かれた菊水丸の「大盆踊りツアー2011出陣式」では、音頭取りデビューを果たしている[3]

この頃、26歳にして初めて恋人ができた。高校時代の同級生であったが、2011年当時は東京在住のためなかなか会えなかった。毎月彼女へしりとり形式でプレゼントを贈っていたという[4]。 その後2012年にその彼女が大阪へ戻り、鰻の元で同居生活を始めた。

キングオブコント2012』にて初の決勝進出。

baseよしもと→5upよしもとに出演していたが、2013年2月に卒業。

2015年7月24日(土用の丑の日)に婚姻した[5][6]。プロポーズの言葉は「鰻姓の人は6人しかいないので、7人目の鰻になってください」だった[7]

M-1グランプリ2016優勝を果たし、3503組の頂点に立った。[8] 優勝直後には、尊敬する大師匠である西川きよしに「師匠に買っていただいたスーツで優勝できました!」と喜びの報告を伝えた[9]

芸風

銀シャリ(コンビ)

漫才

芸風は基本的に漫才で、昭和の香り漂う正統派しゃべくり漫才と言われる [10]漫才をする時は青いジャケットを着ている。これは横山やすし・西川きよし等の古き良き漫才スタイルに傾倒しているため。2010年のM-1グランプリ決勝では「古風の漫才師」と紹介され、西川きよしからメッセージが送られた。

  • がひとまずボケまくり、橋本がまとめてツッコんでいくスタイルの漫才を一時よく披露していた。
  • コントも行うことがあるが、基本的にキングオブコントなどのコント専門の賞レースなどに限られるものの、コントの実力も高い。
  • 単独ライブのタイトルもかつての人気番組のパロディであることが多い。

青ジャケット

衣装の青いジャケットは4着あり、用途によって使い分けている。なお、青ジャケットは私服のダサさを隠す意味合いもある。[10]

  • 初代:ロケ用。耐久性が強いがややボロボロ。
  • 二代目:生地が薄くてシワになりやすいため、あまり使っていない。
  • 三代目:日々の舞台での漫才用。[10]
  • 四代目(師匠):西川きよしからもらったもの。賞レース用。[10]

エピソード

天然エピソード

  • カステラを床に落としてしまい、『もったいないからちょっと洗って来る』と、水道水でカステラ洗い、全部無くなってしまった。
  • 喫茶店で、「アイスコーヒー、ホットで」と注文した。
  • (太ってきた相方を見て)「最近橋本ちょっとメタリックなってきたんちゃうか」[11]
  • 初めての東京ドームに感動し、「うわっめっちゃ広いなこれ東京ドーム3個分ぐらいあるんちゃう?」。[11]
  • マスクしたままタンを吐いたりする。[11]
  • 高校野球を見て、「どう?日本勝ってる?」。[11]
  • 若手の頃、舞台で緊張のあまり、『銀シャリでーす』と登場した直後に、鰻が『あわわ、ウウウ…』とセリフを飛ばし、橋本もびっくりして声が出ず、ふたりで黙って見つめ合うということがあった[12]

鰻家のエピソード

  • 「鰻」という珍しい苗字は現在日本に6名程度しかおらず、内4名をこの鰻の家族が占めている。
  • 鰻家では、代々ウナギを食べてはいけないという伝統の言い伝えのようなものがあり、実際食べた先祖は二人ほど、一週間ほど後に「原因不明の心臓麻痺」で亡くなったという。このことがありウナギは食べられないが、アナゴは食べられる[13]。亡くなっているのは事実だが、橋本に「原因不明の心臓麻痺って何?心臓麻痺ってわかってるやん。」と言われている。
  • 兄がうなぎパイを食べたところ、すごい下痢になり救急車で運ばれた[14]
  • 重子という名前の女の子に、将来“鰻重”子になるのは嫌だとフラれたことがある[14]
  • 車の免許更新で、『マムシ』や『サカナ』と呼ばれる[14]
  • 3人兄弟の末っ子で、5歳上の姉と3歳上の兄(大阪NSC22期)がいる。父、母、祖母、姉、兄の6人家族で育つ。
  • 書道六段の腕前を持つ[15]
  • 鰻の奥さんは小西真奈美似の美女。かつてウーマン(ラッシュアワーの)村本がナンパしたことがある[16]


人物エピソード

  • ジョン・レノンの顔マネができ、『オールザッツ漫才2008』では橋本がオノ・ヨーコに扮しネタをした。
  • baseよしもとによる「baseで一番はじける笑顔の持ち主は誰?」コンテストで1位に輝いた[17]
  • 左利き。
  • 趣味は原付の旅[18]
  • 宇宙と風俗が好き[1]
  • 電車(通勤形電車・近郊形電車)の雰囲気が大嫌いで、基本的に一般的な電車は乗らない。KBS京都まで新幹線とタクシーを乗り継いで赤字を出して通っている。
  • 伊坂幸太郎の作品を昔よく読んでいた。
  • カルピス好き。カルピス6、水4の割合で1杯飲んでから、原液をちょっと飲むのが習慣になっている。順序が逆の場合もある。
  • 初めて行った風俗店は「ヤンチャな子猫」日本橋店。[19]

漫画エピソード

  • 子ども時代はお金が無かったため、基本的には色はなく、最初は赤のボールペンだけで描かれており、その影響で血をイメージさせるなどの残酷描写になっていた[1]
  • 小学校高学年の時に蛍光ペンを使い始める。このとき蛍光ペンを買ってもらった嬉しさを表現すべく、ページ1枚いっぱいに自分の蛍光ペンに対する思いを書くなど私的な情報を入れていた[1]
  • 47巻ではこの蛍光ペンの集大成ともいえる「太陽系野球大会・野球ドーム」(鰻自身の漫画内でのオリジナル)を2ページ使って描いた[1]
  • 2014年に、それまで書き溜めた作品の中から77本を選び、1コマ漫画集『どう使うねん』(竹書房)として出版した。出版に当たり、植田まさしが推薦文を寄せ、併せて植田に日本漫画家協会入りを勧められた[1]
  • 今でも、TwitterやInstagramに先輩の似顔絵を描いたものを載せている[1]

コンビエピソード

  • 銀シャリ結成後、方向性に迷っていた時期があり、ポイズンガールバンドに憧れ、一時期『カルロスレイチェルサンターナ』というコンビ名にしていた。[20]

受賞歴

  • 2006年 M-1グランプリ2006 準決勝進出
  • 2007年 第28回ABCお笑い新人グランプリ 新人賞
  • 2008年 第29回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞・最終決戦進出
  • 2008年 笑いの超新星 新人賞
  • 2009年 第30回ABCお笑い新人グランプリ 優秀新人賞・最終決戦進出
  • 2009年 第5回BGO上方笑演芸大賞 映像作品賞(鰻)
  • 2009年 第39回NHK上方漫才コンテスト優秀賞
  • 2010年 第31回ABCお笑い新人グランプリ 新人賞・最終決戦進出
  • 2010年 第40回NHK上方漫才コンテスト 優勝
  • 2010年 M-1グランプリ2010 第5位
  • 2011年 第46回上方漫才大賞 新人賞
  • 2012年 キングオブコント2012 第7位
  • 2013年 第2回ytv漫才新人賞 優勝
  • 2015年 M-1グランプリ2015 第2位
  • 2016年 第51回上方漫才大賞 奨励賞
  • 2016年 M-1グランプリ2016 優勝

出演番組

テレビ

  • 土曜はダメよ!(読売テレビ、2010年3月20日 - )「ギョーテン事業仕分け!!夫婦のルールいる?いらない?」のコーナー
  • ごきげんライフスタイル よ〜いドン!(関西テレビ、2012年2月13日 - )「関西いっちょうらコレクション」のコーナー
  • おはよう朝日です(朝日放送、2014年4月4日 - )鰻のみ
  • ちちんぷいぷい(毎日放送、2015年4月1日 - )水曜17時台、「銀シャリのブラリ...言われましても?」のコーナー
  • じもてぃ愛情マップ みんな すきやねん!(NHK総合・関西地域向け、2016年4月10日 - ) - MC

CM

  • エイチ・アイ・エス 初夢フェア(2010年)

ラジオ

  • 銀シャリの炊きたてふっくらじお(KBS京都ラジオ)

DVD

  • モノボケBATTLE(2010年、エイチ・アイ・エス関西)

脚注

出典

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 “「銀シャリ」鰻和弘が1コマ漫画本を発売」”. 東京スポーツ(2014年12月30日). 2016年11月30日閲覧
  2. 2.0 2.1 「僕ら今、ホンマに漫才が楽しいんです!」 コンビ結成10周年の銀シャリにインタビュー! - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB
  3. “銀シャリ鰻「M―1より緊張」河内音頭初披露”. スポーツニッポン (2011年6月26日) 2016年11月30日閲覧
  4. “TVでた蔵 2011年8月4日放送 浜ちゃんが!”. ワイヤーアクション (2011年8月4日). 2016年11月30日閲覧
  5. “漫才コンビ「銀シャリ」の鰻さん結婚を発表 24日「土用の丑」に婚姻届”. 産経ニュース (産業経済新聞社).(2015年7月10日) 2016年11月30日閲覧
  6. “銀シャリ鰻「土用丑の日」入籍、全国7人目の鰻誕生”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社)(2015年7月24日) 2016年11月30日閲覧
  7. “銀シャリ鰻が結婚 高校同級生に「7人目の鰻に」!”. 日刊スポーツ (2015年7月11日). 2016年11月30日閲覧
  8. M-1グランプリ 銀シャリ優勝 | 2016/12/4(日) 21:00 - Yahoo!ニュース
  9. M-1グランプリ2016王者・銀シャリ 優勝直後の突撃インタビューで鰻が電話した相手は… - ライブドアニュース
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 「銀シャリ」、トレードマークの“青ジャケ”を脱ぐワケ!(中西正男) - 個人 - Yahoo!ニュース
  11. 11.0 11.1 11.2 11.3 「ジャニ勉」(関西テレビ)2016/07/20放送回
  12. 恩師が語るM-1王者・銀シャリ秘話。ピンチがチャンスに変わった“ひと言”とは - ライブドアニュース
  13. “河内家菊水丸が教鞭を取る大阪芸大の授業に銀シャリが登場!”. よしもとニュースセンター(2012年7月4日). 2016年11月130日閲覧
  14. 14.0 14.1 14.2 芸人「銀シャリ」の鰻 「重子ってコにフラれた」 | 日刊SPA!
  15. 2009年1月8日放送の『ロケみつ〜ロケ×ロケ×ロケ〜』で自身の担当するコーナー「101匹わんちゃんブログ旅」の中で書き初めを披露した。
  16. 銀シャリ鰻が結婚 高校同級生に「7人目の鰻に」 - 結婚・熱愛 : 日刊スポーツ
  17. “いちばんの笑顔は”. baseよしもとオフィシャル. 2008年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ2016年11月30日閲覧
  18. baseよしもと旧プロフィール。(現在はキャッシュのみ)
  19. 「村上マヨネーズのツッコませて頂きます!」(関西テレビ)2017年1月9日
  20. 「村上マヨネーズのツッコませて頂きます!」(関西テレビ)2017年1月9日