陣内智則

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陣内智則(じんない とものり、1974年2月22日 - )は、日本のピン芸人。身長168cm 体重58kg。O型。兵庫県加古川市出身。吉本興業所属。

来歴

子ども時代

1974年、兵庫県加古川市に生まれ、3人兄弟の末っ子として育つ。女の子と間違えられるほど可愛く大人しい子供であった。[1] 小学校では、体育以外はオール3の成績で勉強への意欲に欠ける学生だった。中学では学校一の美女に告白されたが、恋愛には奥手だったという。そして「芸能界に入って尾崎豊に会いたい」という夢のもと、[芸人|お笑い芸人]]を目指す。[1]

若手時代

兵庫県立高砂南高等学校の同級生・西口圭と一緒にNSC大阪校の11期生として入学。お笑いコンビ「リミテッド」を結成した。同期にはケンドーコバヤシ、たむらけんじ、中川家などがいる。

陣内は同級生と一緒にNSC入学と同時に寿司屋『小鯛雀鮨鮨萬』に就職。なお、アルバイトで入社するつもりだったが、手続きを間違え正社員になってしまった。 職人達の中での厳しい仕事だったため同級生はすぐに辞めたが陣内は卒業までの一年間、早朝から皿洗いや料理の下ごしらえなどをしていた。

NSC卒業後、千原兄弟など「2丁目ブーム」に沸いていた心斎橋筋2丁目劇場を中心に活動をスタートさせる。

リミテッド

しかし当時のリミテッドは評判が芳しくなく、「2丁目ブーム」の中リミテッドは「2丁目で一番おもんないコンビ」「見ると不幸になる」などと揶揄されていた。 実際当時はネタ番組で1分だけの出演にも関わらず出番になった途端、テレビ画面に台風情報が入ったり、一般参加型のフェリーツアーの追加メンバーにリミテッドの名前が出た途端台風でツアーが中止になるなど、不運ぶりも群を抜いていたという。

ある時、後輩芸人の予定が合わなかったため、その代役としてテレビ番組に出演することになったが、出番は着ぐるみを着て舞台を通過するだけという屈辱的なものであった。陣内はそのことが悔しくて仕方なかったが、相方の西口が意欲の無い態度を示したため、その場で殴り合いの喧嘩になり、その最中に陣内は「もうコンビ解散しよう」と決意したという。

ピン芸人

結成3年後の1995年9月に「リミテッド」解散。相方の西口は芸能界から引退したため、陣内自身はピン芸人への転向を余儀なくされた。しかしネタを作るわけでもなく、仕事もほとんどないままどん底期間が2年ほど続いた。 そんななか、吉本の社員新田敦生(もと「ダウンタウン」のマネジャー)から「とにかくネタをしろ」「ネタをやるか、芸人を辞めるかどっちかや」と叱咤激励を受ける。[2]

テストのような形で、”舞台上にすりガラスを置いて女装した陣内が悩み相談をする”というネタを披露する。(なお、すりガラスを置いたのも「リミテッド」時代の苦い思い出があったため、お客さんの顔を見るのが怖かったから)。[2] また、ある日たまたま乗っていた電車の車内アナウンスにツッコミを入れた所、周囲の乗客から笑い声がしたという。これをヒントに「予め用意された音声や映像にツッコミを入れる」という1人コントを生み出す。 このネタが大ウケし、その流れで関西若手芸人の登竜門である「ABCお笑い新人グランプリ」(1998年)に出場。当時2本しかなかったネタを駆使して決勝に残り、優秀新人賞を獲得する。[2]

baseよしもと時代

1999年にbaseよしもとが開館し、FUJIWARA、シャンプーハットらとともに後輩たちをまとめる役を買って出ることになった。 また、1999年10月スタートの情報番組『ちちんぷいぷい』(毎日放送)の月曜レギュラーに抜擢され、同曜日のかつての人気企画「クイズ私鉄沿線」で関西の中年層への知名度も徐々にアップする。

毎日放送の番組で有名になったこともあって陣内は「MBSの若獅子」「MBSと言えば陣内智則」と言われるようになる。ケンドーコバヤシをして「(当時同局アナウンサーであった角淳一に媚びているのではないかという冷やかしで)角智則に改名しろ」と言わしめたほどであった。

学生時代は女性に奥手だったが、baseよしもと時代はかなりモテた。関西での人気はアイドル以上であり、順風満帆な様子から「陣様」とさえ呼ばれていたという。[1]

base卒業後

baseよしもとを卒業後は、うめだ花月やルミネtheよしもとなどで活動。2003年に『エンタの神様』(日本テレビ系列)に出演して以来東京での仕事も増えていく。平日は大阪で仕事をし、木曜日に『なるトモ!』の生放送と同番組の金曜分の収録が終わるや否や、午後から新幹線や航空機で移動し、東京で『エンタの神様』などの番組収録とルミネtheよしもとの公演をこなしていた。 2003年頃からは、俳優、声優など他の仕事も手掛けるようになる。ドラマでは『かるたクイーン』(NHK制作、2003年1月放送。石田ひかり、山口達也、錦戸亮ほか出演)に主人公に恋する新聞記者役として毎回出演していた。 2004年、かねてから好きだと公言していたゲームソフト、桃太郎電鉄シリーズ(ハドソン)の第13作「桃太郎電鉄USA」のコマーシャルに出演(若槻千夏、Psycho le Cémuと共演)し、これが初のCMとなる。 2004年から朝日放送)の日曜正午枠「日曜笑劇場」に主演・座長としてレギュラー出演するようになる。 2004年6月単独ライブ『NETAJIN』公演。この模様はDVD『NETAJIN』に収録された。 2005年4月4日、5年2か月にわたりレギュラー出演していた『ちちんぷいぷい』を卒業。 当時関西ローカルで放送されていた『なるトモ!』が同年10月3日から日本テレビ、中京テレビ、広島テレビ、熊本県民テレビでもネットされるようになった。

藤原紀香との出会い・結婚

2006年4月、日本テレビ系『59番目のプロポーズ』の収録時に藤原紀香と出会う。自身の収録分の最終日に、スタッフが大勢いる前で陣内は紀香に手紙を渡す。約1週間後のオールクランクアップの後、紀香から陣内にメールを送ったのを契機に、友人としての付き合いが始まる。紀香によると、撮影現場ではほとんどしゃべらず、一人で壁を作って自分の世界に入り込んでいたという。

2006年11月末に初めて藤原紀香との結婚の噂が報道される。その時は本人はまだ結婚するという考えは無かったがメディアに注目されたのを、きっかけにプロポーズ。同年12月10日に神戸市中央区の生田神社で結納を交わし、2007年2月17日に同神社で結婚式が行われた。結婚式には、同期のケンドーコバヤシ・たむらけんじや『なるトモ!』で共演するなるみ、海原やすよ・ともこ、シャンプーハット小出水らが出席した。この結婚式の模様は、同日の16:20 - 16:55に読売テレビが放送(他には熊本県民テレビ (KKT) がネット)し、関西で18.2%という高視聴率を挙げた。交際をするにあたり、『なるトモ!』に出演している芸能リポーター・駒井千佳子に相談していた。

結婚式翌日に出演した「ルミネtheよしもと」では、生田神社のような規制(ただしコント出演中の写真撮影は禁止された)もなく、素でコントをしている所などが見られた。そして、結婚を機に東京で紀香と新居に引っ越し、『なるトモ!』の生放送および収録がある毎週月曜から木曜は片道3時間にもわたる新幹線通勤を試行していた。

2007年4月10日、加古川市役所にてともに婚姻届を提出し正式に夫婦となった。2007年5月30日、結婚披露宴が日本テレビ系列でゴールデンタイムに放送され、ビデオリサーチ社が調査した平均視聴率は、関東で24.7%、関西で40.0%であった。また瞬間最高視聴率は、関東で32.7%、関西で49.2%であった。披露宴ではコブクロの「永遠にともに」の弾き語りを披露し、妻の紀香がホロリとする場面があった。

2008年9月23日、約4年半司会を続けた朝の帯番組『なるトモ!』を卒業した。

離婚・再スタート

2009年3月20日、離婚届を提出し、同年3月23日に正式に受理される。翌24日に記者会見を開き、複数の女性との自分の浮気が原因として謝罪した。

陣内智則は人気絶頂の時に大物女優と結婚したが、あっという間だったので振り返ってみて、「よく分からなかった。地に足がついていなかった」と語っている。住む所も素晴らしい所で、自分が住む所ではないとの気持ちがあリ、頑張らなければいけないと力んでいたという。[1]

離婚すると一変、イメージダウンし仕事も激減し、離れていく人も多かったという。 そんななか、同じ経験をした大先輩の明石家さんまにメールで相談したところ、「そんなことより、俺おもろい?」と返信が来て、離婚より面白いことを考えるべきだと教えられたという。[1]

再出発(2009年-現在)

2009年10月、約3年ぶりの単独全国ツアーライブ『NETAJIN Live Tour 2009〜墜ちたら這い上がれ〜』を公演。サブタイトルの「墜ちたら這い上がれ」は離婚による、マスコミや世間からのバッシングがあった時期に収録した『いい旅・夢気分』のロケ先で見つけ購入した絵に書かれていた言葉から。

2009年12月29日2009年S-1バトル12月度月間チャンピオンに選ばれる。作品名は「ボーリング」(一般的には「ボウリング」と表記する)。

2010年4月6日、ルミネtheよしもとで吉本新喜劇座長としてデビュー(よしもと新喜劇強化プロジェクトの期間限定座長)。

2011年6月12日には、自身初の海外公演「陣内智則 ワールドライブツアー 第1弾 In韓国 NETAJINマイベスト〜世界進出本気で狙ってます〜」を韓国・ソウルで開催。同年5月には、同公演の告知を兼ねて、同国のテレビ局・KBSの人気バラエティ番組『ギャグスター シーズン2』へゲストで出演した[3]。 自分で制作に関わった映像にツッコミを入れるネタが、YouTubeを通じてアジア諸国などで評判を呼んでいることを受けた訪韓であった。出発前には後輩の女性芸人・ヒヨン(NSC東京14期生)を相手に、約1ヶ月にわたって韓国語を猛勉強。その結果、上記の公演・番組では、持ちネタの一部を韓国語で披露している。

2012年4月、吉本興業創業100周年記念の舞台作品シリーズ「吉本百年物語」において、第1弾の「大将と御寮ンさん・二人の夢」に創業者・吉本吉兵衛役で国仲涼子(妻・吉本せい役)とともに主演を務めた。 2013年1月27日、第34回ABCお笑いグランプリの審査員を務めた。お笑いコンテストの審査員を務めるのは初となる。

芸風

ネタ

一人コント形式で舞台装置を用い、エキストラ(本人の場合もあれば、町で偶然スカウトした外国人の場合もある)に演じさせたり、CGで制作した映像等の音声や映像に対してツッコミを入れるという独特なスタイルをもつ(バッティングセンター、校歌など)。

多くのネタは「小ボケを何分にも積み重ねることによって、やがて大きな笑いにする」というものなので、1分ネタしかできない爆笑レッドカーペットには出演したことがない。

ネタの多くは元ピン芸人の現在放送作家で活躍するくらなりとの共同作成で行っている。また元ピン芸人で現グラフィックデザイナーの原田専門家(同じくNSC11期生)が裏の相方として、ネタ画面のCGや仕掛け製作を手伝っている。共に作った映像や音声を駆使したネタツッコミを入れるという、ピン芸人として今までにないスタイルを確立した。また、ネタで流れる女性の声は元バスガイドでうめだ花月(現在廃止)のスタッフだった吉本興業の女性社員であるが、五十嵐サキが起用されることもある。

タレントとして

『さんまのからくりTV』(TBS系)や『ナカイの窓』(日本テレビ系)などアシスタントMCとして評価が高い。[4] きっちりと台本を読み込むなど根が真面目なため、進行も安心して任せられる。 さんまや中居といった自由奔放な大御所たちのスタイルに合わせつつ、芸人としてゲストに的確にツッコミを入れながら進行をこなす。そんな器用さが陣内の人気の秘訣と言える。[4]

エピソード

天然エピソード

  • ケンドーコバヤシが陣内のメガネをマジックで真っ黒に塗りつぶして、寝ている陣内の顔にそっとかけておいた。陣内は目覚めた途端、「世界が終わったー!」と叫んだ。[5]
  • 品川(品川庄司)と目黒で飲んでいた時に、掛かってきた電話口で「品川で目黒と飲んでる」と言った。
  • 学生時代、もみあげを伸ばすのが流行っていたらしく、散髪時に剃られた翌日マジックでもみあげをかいて登校。その日の授業中にクラスメートに指摘された
  • たむらけんじの飼い犬を乾かすために電子レンジでチンしそうになるが、間違いに気づき1秒ほどですぐ出した。(陣内曰く「犬がホワホワになった」らしい) 。 [5]
  • ケンコバに朝起きたら陣内のメガネを台所で炒めるというイタズラをされた。それを見た陣内はメガネが炒められていることではなく、「お前かってに火を使うな!」と怒ったという。
  • ケンコバに真夏に暖房をつけて、寝ている陣内が出られないように外から玄関を封鎖された。[5]
  • 千原せいじの自宅でマリオカートで遊んでいた際、ゲームに入り込みすぎて、屋外にいると勘違いして部屋の中に唾を吐いた。
  • 新年の挨拶で大先輩の島田紳助にメールを送ったら、全部呼び捨てだった事がある。(「去年は色々と紳助にお世話になりました。また今度、僕と紀香さんと紳助で食事に行きましょう。」)
  • 東方神起を「ヒガシカタカミオキ」という演歌歌手だと勘違いしていた。
  • DSの脳トレで「声が出せる環境か」の問いに、小声で「出せません」と10回近く答えていた。
  • 車の料金所で受け取った小銭は、車の床下に投げつけていた。そのため、一時期車の床は小銭だらけだった。
  • 千原ジュニアと居酒屋で飲んでいた際、コースターを落としてしまい、転がっているのを追いかけてたらそのまま店から出てしまった。
  • クシとドライヤーで髪の毛をセットしていたら次長課長の河本にタバコを渡された。それぞれの使い方に混乱してしまい、全部放り投げた。
  • 「僕ジーパン欲しいんですよ」と、千原ジュニアたちと一緒に買い物に行ったが、陣内が買ったのは、ジーパン柄のTシャツ。
  • 禁煙に成功した先輩の太平サブローにどうやって禁煙したのかを聞き、禁煙を約束。数分後、太平がトイレから戻って来ると、プカーッとたばこを吸う陣内がいた。
  • 和田アキ子から電話がきた際、酔っぱらいのオッサンが電話してきたと勘違いした。陣内は「なんや、お前。お前、ホンマにええかげんにせぇよ、こんな時間に」とキレてしまい、和田アキ子を怒らせたという。[6]

目が悪いエピソード

  • 黒いゴミ袋を猫と勘違いし、「猫ちゃんやー!」と向かって行ったことがある。一緒にいた千原ジュニアたちは本気で「陣内が狂った」と思ったらしい。
  • ファミコンをご飯と勘違いし、カレーをかけてしまった。
  • 机の上に置いてあるヤカンを人の顔だと勘違いし、1人でずっと話し掛けていた。
  • マドラーとストローを間違えてチューっと吸う。当然飲めない。「あれ?おかしいな?」と思ったが、さらに激しくマドラーを吸った。[7]
  • ダーツをやっているときに、間違って枝豆を投げてしまった。[8]

交友関係

  • 陣内の姪(めい)の宮脇舞依は、KRD8という姫路のご当地アイドルのメンバーとして芸能デビューしている(母親が陣内の実姉)。なお、当初は「厳しい世界やから」と、アイドルとして活動することに反対していた。[9]
  • 一度ラジオの企画でケンコバと二人でグァムに行ったことがある。しかしどこに行っても土砂降りの雨であったため、陣内がイライラしてきてグァムの海で「雨雲コラー」と怒鳴りだした。ケンコバが注意すると、陣内は「オマエと来たからこないなるんじゃ」と激怒し、大ケンカになりかけた。なお、胸ぐらをつかもうとするもお互い裸なので、互いの水着を掴んでいたという。[10]
  • 阪神タイガースで活躍していた桧山進次郎とは親友と呼び合うほどの仲である。離婚後、陣内は愚痴を沢山言っていたが、桧山の「そんなこと言っていたら口が腐るで」という一言で心を改めようと思ったという。
  • はるな愛とSHEILAとも仲が良い。SHEILAは8年前から友人。はるな愛は藤原紀香と凄い仲が良かったため、結婚当時の陣内家に入り浸っていた。[11]
  • あだ名は主に、先輩は「陣」後輩は「陣さん」同期以上の女性は「陣くん」(例外有り)。他は「陣ちゃん」など。『なるトモ!』(読売テレビ制作)では三浦隆志(読売テレビアナウンサー)から「陣様」とも呼ばれていた。
  • 誕生日は、2月22日で、狩野英孝や佐々木主浩と同じである。覚え方は、「不倫・不倫・不倫」。[12]

受賞歴

  • 「ABCお笑い新人グランプリ」第19回(1998)優秀新人賞
  • 「上方お笑い大賞」第29回(2000)最優秀新人賞
  • 「R-1ぐらんぷり2002」第1回ファイナリスト
  • 「上方お笑い大賞」第33回(2004)話題賞
  • 「R-1ぐらんぷり2004」第2回ファイナリスト
  • 「輝け!2005年お笑いネタのグランプリ」(2005)優勝
  • 「東京スポーツ映画大賞」第5回(2005)ビートたけしのエンターテインメント賞 日本芸能大賞
  • 「S-1バトル2009」2009年12月月間チャンピオン

出演

映画

  • 「劇場版 仮面ライダー電王 俺、参上!」東映
  • 「シナモン the movie」松竹/ナレーション

書籍

  • 「クワンガクッ レシートすごろく全軌跡」青心社
  • 「笑う2002よしもとサッカー大事典 ワールドカップ編」河出書房新社
  • 「B面 baseよしもとOFFICIAL BOOK」ぴあ
  • 「B面 baseよしもとOFFICIAL BOOK 03」ぴあ
  • 「吉本興業オフィシャルブック うめだ花月芸人読本」ぴあ
  • 「Y LOVERS.」鹿砦社
  • 「PICTよしもとYOSSY」講談社

ドラマ

  • MBS「ドラマDAMAS6」
  • NHK「かるたクイーン」
  • TBS「水戸黄門 1000回記念3時間スペシャル」
  • NTV「ドラマコンプレックス 59番目のプロポーズ~結婚適齢期の女の本音」
  • NTV「バンビ~ノ!」
  • ABC「必殺仕事人2009」
  • YTV「RESET」
  • CX「夏の恋は虹色に輝く」

音楽

  • 「歌合戦~桃太郎電鉄20周年記念アルバム~」よしもとアール・アンド・シー

DVD

  • 「baseよしもと2000大図鑑」ビクター
  • 「baseよしもと2001大図鑑」ビクター
  • 「baseよしもと2002大図鑑」ビクター
  • 「baseよしもと2003大図鑑」ビクター
  • 「メンB」バップ
  • 「~漫才ファッションショー~漫服」よしもとアール・アンド・シー
  • 「NETA JIN」よしもとアール・アンド・シー
  • 「うめだ花月2周年記念DVD」よしもとアール・アンド・シー
  • 「吉本ギャグ100連発 横丁へよ~こちょ編」よしもとアール・アンド・シー
  • 「NETA JIN2」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ジャイケルマクソン-第1回ジャイケルフォトデミー賞-」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ジャイケルマクソン ジャイケルトーク(109)祭り ザ・ベスト」よしもとアール・アンド・シー
  • 「セレクト☆桃の陣!~桃太郎電鉄20周年記念DVD~」よしもとアール・アンド・シー
  • 「メッセンジャー黒田・陣内智則のちょっとエッチないきもの大図鑑」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 08」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 08 OSAKA」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ジュニア千原のすべらない話」よしもとアール・アンド・シー
  • 「人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン2」よしもとアール・アンド・シー
  • 「1週間にけつッ!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「NETA JIN3~Live Tour 2009 墜ちたら這い上がれ~」よしもとアール・アンド・シー
  • 「やりすぎフェスタ2010 やりすぎ芸人都市伝説 Vol.1」よしもとアール・アンド・シー

出典

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 「誰だって波瀾爆笑」 2014年9月21日(日)放送内容
  2. 2.0 2.1 2.2 私の恩人陣内智則、売れない悔しい日々…ジュニアのことも嫌いだった | THE PAGE(ザ・ページ)
  3. [芸能]陣内智則が韓国でネタ披露、KBS「ギャグスター」出演
  4. 4.0 4.1 - ライブドアニュース
  5. 5.0 5.1 5.2 陣内智則のエピソード: 吉本のお笑い芸人を応援しようブログ
  6. 陣内智則 | 世界は数字で出来ている
  7. 陣内智則 天然エピソード: ワンダホー・イエスタペー
  8. 「ロンドンハーツ」2007年03月13日放送
  9. 陣内智則、姪・KRD8の宮脇舞依がアイドルとして活動することに反対していた「厳しい世界やから」 | 世界は数字で出来ている
  10. 『アメトーーク』2013/11/21放送内容
  11. 陣内智則 | 世界は数字で出来ている
  12. 陣内智則、狩野英孝や佐々木主浩と同じ誕生日・2月22日だった「覚え方は、不倫・不倫・不倫」 | 世界は数字で出来ている