浜田雅功(ダウンタウン)

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浜田 雅功(はまだ まさとし 1963年05月11日- )は人気お笑いコンビ・ダウンタウンのツッコミである。身長165cmで体重50kg、血液型はA型。相方松本人志。あだ名は「浜ちゃん」。吉本興業所属。

略歴

  • 1963年5月11日、兵庫県尼崎市で生まれる
  • 1982年、日生学園高等学校卒業
  • 同年、吉本総合芸能学院(NSC)に1期生として入学
  • 1987年、初の看板番組『4時ですよーだ』が放送開始
  • 1988年、上京
  • 同年、『夢で逢えたら』で東京デビュー
  • 同年、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』が放送開始
  • 1990年、当時人気アイドルだった小川菜摘と結婚
  • 1991年、長男「ハマ・オカモト」が誕生
  • 1994年、『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ)が放送開始
  • 1995年、『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』をリリースし、100万枚を突破
  • 2000年、『ジャンクSPORTS』が放送開始
  • 2001年、『M-1グランプリ』の審査員を務める
  • 2005年、『リンカーン』が放送開始
  • 同年、『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』が放送開始
  • 2008年、『キングオブコント』の総合司会を務める

来歴

子ども時代

大阪市浪速区大国町で生まれる。父は大阪万博にてソ連館のペンキ塗りを請け負っていたペンキ屋に勤めていた。幼稚園へあがる頃に尼崎市へ移る。小学校でのちの相方となる松本人志と出会う。 松本は兵庫県立尼崎工業高等学校卒業と同時に印刷工の就職内定を得る。 一方浜田は競艇選手になるため受験するが、不合格となる。同級生であった松本を誘い、1期生募集をしていた「吉本総合芸能学院」(NSC)に入学。なお、松本は当時松竹芸能入りを希望していたが、浜田が『お笑いは吉本やろ』と説得し、結局吉本興業に所属することになった[1]。なお、NSC在学中の最初のコンビ名は「松本・浜田」。

NSC時代

NSCに入学後すぐに漫才の才能が認められ、デビュー2ヶ月目にはテレビ初出演となった毎日放送の「素人名人会」にて名人賞を獲得。その1ヵ月後には「第3回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞。大賞受賞の功績としてNSC在学生では異例の早さで「なんば花月」の舞台を5日間であるが特別出演する。同年8月には、当時フジテレビの平日お昼の人気番組だった「笑ってる場合ですよ」の素人・アマチュア芸人の勝ち抜けコーナー「お笑い君こそスターだ!」に「まさし・ひとし」で出場し5週勝ち抜きグランドチャンピオンとなった。

下積み時代

NSC在学中から注目されるコンビであり、同期からも「すごいのがおる」と話題であった。 NSC1期生卒業後には吉本興業が1983年度の第2期生を開校するに当ってNSCからニュースターを生み出す為、1期生からトミーズ、ハイヒール、銀次・政二、そしてダウンタウンの4組で 「新人ゴリ押し作戦」が行われた[2]。 当時はお笑い芸人になるためには師匠に弟子入りするのが当たり前だったが、NSC設立を機に師匠を持たない「ノーブランド芸人」と呼ばれる新しい方針を打ち出していた。

他の同期生は新人ながらレギュラー番組や関西若手漫才賞レースで活躍していたが、2人は花月の劇場回りの日々を送っており、この年の関西の若手漫才賞レース「第13回NHK上方漫才コンテスト」「第4回ABC漫才・落語新人コンクール」(現:ABCお笑いグランプリ)に出場するも落選の連続であった[3]。 一部の芸人達からは評価されていたものの新人賞レースでは同期生に遅れる形となった。

地道な芸能活動の頃、1983年4月21日大阪市難波にある阪急ファイブ8F・オレンジルームでハイヒール、銀次・政二と共に「花月のような笑いからかけ離れた笑い」「アンチ吉本・アンチ花月」とテーマを掲げたコントライブ「ごんたくれ」(全3回)の第1回公演を開催。この「ごんたくれ」は後の心斎橋筋2丁目劇場の笑いの原型を開拓させたイベントでもあった。ダウンタウンは当時、漫才を中心に活動していたが、コントはこの時期に始めている。

また、「松本・浜田」「ひとし・まさし」「ライト兄弟」などで活動していたが当時の芸風を見たベテラン芸人達や社員からは「陰気な漫才しやがって!」「若いのに元気がない!」、「名前だけでも明るくしろ!」と叱咤されていた。 その後、喫茶店でたまたま開いた雑誌の文字からコンビ名をダウンタウンに改名し[4]、同年6月6日になんば花月上席(6月6日 - 6月10日)で劇場デビューを果たす。

1984年、ダウンタウンは再び新人賞レースに出場。前年に本選で落選した「NHK上方漫才コンテスト」の第14回大会では優秀賞、同時期には「ABC漫才・落語新人コンクール」第5回大会で漫才の部・最優秀新人賞を獲得、見事2大会で受賞を果たした。

「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」誕生

当時の花月三館(なんば花月・うめだ花月・京都花月)は漫才ブームが過ぎ去り、客層が若年層よりも年配層が多くを占めていたため、納得する笑いが取れず模索していた。

そんな時期に、養成所時代から2人のマネージャー的存在であった大崎洋(現在は吉本興業代表取締役社長)が、才能はあるが注目度が低かったダウンタウンに対し「彼ら(ダウンタウン)の場を作ってやらんといかん」[5]と大崎が発起人となり、新しい劇場を作る。 当時大阪・心斎橋に南海電気鉄道が賃貸契約していた劇場「南海ホール」で笑いのターゲットを若年層に絞り、ダウンタウンを中心に集まった若手芸人と共に、1984年7月12日「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」(通称「心劇」)を毎週末に開場する。

紳助・竜介の解散

1985年春、ダウンタウンにとって大きな転換期を迎える。5月のうめだ花月上席(5月1日 - 5月20日)の舞台にて、出番があったダウンタウンの漫才を舞台袖で出番待ちをしていた紳助・竜介の島田紳助がたまたま目にしたダウンタウンの漫才を前に自分達の限界を感じ、当日に吉本興業本社に出向きコンビ解散を告げる。同年5月20日に、紳助・竜介解散会見にて紳助の口から「阪神・巨人やサブロー・シロー、ダウンタウンには勝てない」と紳助は当時無名に近かったダウンタウンの名前を挙げ、この発言がキッカケで徐々に名が広まるようになる。 なお、ダウンタウンは紳助・竜介のテープを聞きながら漫才の練習を重ねていたといい、紳助・竜介は憧れの存在であった。

その直後の1985年秋、太平サブロー・シローがメインを務めた関西テレビの深夜番組「今夜はねむれナイト」内の3分程度のコントコーナー『ダウンタウン劇場(シアター)』でテレビレギュラー番組を獲得、ラジオ大阪では若者向けのラジオ番組「おっと!モモンガ」の金曜日の司会者として抜擢され、南海ホールでの定期的ライブ「心斎橋筋2丁目劇場」も徐々に反響を呼ぶようになり多くの若者から支持を受けるようになった。

「心斎橋筋2丁目劇場」オープン

1986年初頭には南海ホールで定期的に開催していたライブ「心斎橋筋2丁目劇場」は入場出来ない程の観客が詰めかけるようになり、劇場からは非常階段、130R、今田耕司、東野幸治などの新たな芸人達が活躍するようになっていた。同時期に南海ホールの経営が吉本興業になった際、「大阪にもスタジオアルタのようなホールを創ろう!」と企画が持ち上がり、総工費約2000万円をかけて改装するのが決定。同年4月12日に南海ホールとしては最終公演となる「心斎橋筋2丁目劇場」が開催された。

5月16日に正式に「心斎橋筋2丁目劇場」(通称「2丁目」「2丁目劇場」)としてリニューアルオープン。笑いに敏感な大阪の若者達が連日劇場に足を運ぶようになり、オープンから3ヶ月後の8月6日に大阪城野外音楽堂で当時の2丁目劇場主要メンバーで行ったライブ「おさわがせ2丁目探険隊 来てもた大阪城」を開催すると、約1000人もの観客が集まり大成功を収めた。

「4時ですよーだ」

2丁目劇場リニューアルから一年たった1987年4月6日、毎日放送でダウンタウンがメインで平日夕方の帯番組「4時ですよーだ」が放送開始。この番組を機にメインであったダウンタウンの人気が爆発、同年9月27日には大阪厚生年金会館(現:オリックス劇場)で「DOWNTOWN SCANDALS」というコンサートを開催すると会場は若年層の女性ファンで超満員であり、アイドル的人気を博す。その人気に肖って、当時の吉本若手タレントでは珍しく写真集の発売や歌手としてデビューアルバムも発売させる。(なかにはダウンタウンが二人でキスをしているジャケット写真もある。)

このダウンタウン人気で吉本総合芸能学院の1987年度(第6期生)・1988年度(第7期生)の生徒数が第6期生以前の総数よりも増加する現象も起こった。

関西で爆発的な人気を獲得したダウンタウンはその勢いで東京へも活躍の場を広げる。1988年10月13日に、フジテレビ系で若手お笑いタレントを総称した俗称「お笑い第三世代」の、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコと共にコント番組「夢で逢えたら」が関東ローカル(後に全国ネット)としてスタート。同時期にはダウンタウンの東京進出の足掛かりとなった2丁目劇場東京公演「おでかけでっせ、ラフォーレまっせ」をラフォーレ原宿で不定期に開催させる。

東京進出

吉本興業側から東京進出命令が下り、1989年9月29日に「4時ですよーだ」が最終回を迎え10月には本格的に東京進出を遂げる。なお、「4時ですよーだ」の最終回では、ダウンタウン二人とも感極まって泣いてしまっていた。ちなみに後輩のココリコ遠藤はこの回のテープを大切に保存しているという。

この東京進出以前にもダウンタウンは「笑ってる場合ですよ!」「ひょうきん予備校」「欽ドン!ハッケヨーイ笑った!」「ひょうきんミニ放送局」「初詣!爆笑ヒットパレード」(以下、フジテレビ制作)などの東京発のバラエティ番組にもレギュラー・ゲスト出演していたが、「4時ですよーだ」もあり本格的には進出はしなかった。東京進出後の同年10月3日、日本テレビ系で「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」が火曜深夜枠で放送開始(後に日曜23時台に昇格)、「ガキの使い」は数々の企画と過激なものからシュールなものまで様々なバリエーションの企画が受け、現在では大晦日に年越し特番として番組の人気企画笑ってはいけないシリーズを放送、『NHK紅白歌合戦』の裏枠での民放最高視聴率を叩き出している。

また、1990年、当時人気アイドルだった小川菜摘と結婚。ダウンタウンの主演のドラマに小川がゲストとして出演したのがきっかけ。大阪で結婚式を挙げ、当時豪華であったゴンドラに乗って登場した。[6]

1991年12月8日、3度の特番放送を経てフジテレビ系の日曜夜20時台のゴールデンタイムで「ダウンタウンのごっつええ感じ」が放送開始。「ごっつええ感じ」ではダウンタウンが得意とするシュールなコントで全国的に不動の人気を獲得し、全盛期には視聴率20%を越える人気番組へと成長。1993年10月21日には読売テレビ制作の全国ネット番組「ダウンタウンDX」が、1994年10月17日にはフジテレビで音楽番組「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」が放送開始。お笑いに留まらず多方面へと活躍の幅を広げた。

個人としての活動〜ごっつええ感じ終了

浜田は東京進出後、1991年から田村正和らとともに『パパとなっちゃん』に役者として出演。ADブギ、人生は上々だ、竜馬におまかせ!など、数々のトレンディドラマに出演し、俳優業にも分野を広げる。

1995年3月15日には浜田は小室哲哉と音楽グループ「H Jungle with t」を結成し、第1弾シングル「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を発売するとオリコンチャートで7週連続1位を獲得し、CDセールスは200万枚の大ヒットとなった。同年の大晦日放送第46回NHK紅白歌合戦にも出演。

一方松本はお笑いの活動を続け、1994年には入場料1万円のライブ「寸止め海峡(仮題)」、1995年には日本武道館で初のお笑い芸人の1人単独ライブ「松風'95」が行われ独自の笑いを生み出し続けていった。1993年から1995年にかけて、松本が週刊朝日に連載していたエッセイ(オフオフダウンタウン)が単行本化される。題名は『遺書』『松本』で、それぞれ250万部、200万部を売り上げた。1995年には芸能人長者番付で松本人志が1位、浜田雅功が2位となった。 1997年11月、番組改編期でもない11月に「ダウンタウンのごっつええ感じ」が突如打ち切りとなり、それを受けダウンタウンのバラエティ番組の傾向が変化していく。(詳細はダウンタウンのごっつええ感じ#突然の放送終了参照)。

2000年代

2001年4月21日に日本テレビ系で浜田主演のドラマ「明日があるさ」が放送開始。このドラマの主要メンバーで構成された音楽グループ「Re:Japan」を結成し、「明日があるさ」をリリースすると、同年の大晦日放送の「第52回NHK紅白歌合戦」にも出場した。 2001年10月12日、突如打ち切りとなった「ごっつええ感じ」が「ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル」として一夜限りの復活を遂げるが、視聴 率は9.0%で、同時間帯の他局の番組に惨敗しただけでなく同時間帯視聴率は民放各局で最低という不本意なものとなり、これ以降ダウンタウンとして10年間、地上波テレビ放送ではコントを披露することがなかった。 2004年11月17日、作詞:松本人志、作曲・バックコーラス:槇原敬之、歌:浜田雅功として「チキンライス」を発売。

2010年代

2011年11月5日、NHK総合で松本出演のコント番組「松本人志のコントMHK」のレギュラー放送第1回目のゲストとして相方である浜田とコントを披露。ダウンタウンとしてコントを披露するのは2001年放送の「-ものごっつええ感じスペシャル」以来である。 2012年4月8日、吉本興業100周年特別公演にダウンタウン、今田耕司、東野幸治、130R、木村祐一などで、かつて花月で行われていた興行「ポケットミュージカルス」を復活。公演内容は「ごっつええ感じ」の男性陣で構成された人気コントキャラエキセントリック少年ボウイオールスターズによる「「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ」や浜田が「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を熱唱するという豪華なラインナップとなった。 2013年2月5日〜3月2日、吉本興業100周年記念公演「吉本百年物語 アンチ吉本 お笑いレボリューション」で、ダウンタウンが若手時代に活躍していた劇場『心斎橋筋2丁目劇場』を舞台化。この公演でダウンタウンを間慎太郎(浜田雅功)、趙珉和(松本人志)が演じる。

2013年3月29日、読売テレビ制作・日本テレビ系で放送されている『ダウンタウンDX』のテレビ放送では未放送である、ダウンタウンの前説をDVD化した『ダウンタウンの前説 vol.1』『ダウンタウンの前説 vol.2』を発売。

2014年3月31日放送の『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』で、一部ネットなどで不仲説が囁かれていた、とんねるず(石橋貴明・木梨憲武)と1994年「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」以来約20年ぶりの共演を果たし、同じく不仲説が囁かれていた、爆笑問題(太田光・田中裕二)とは1990年1月1日放送の『初詣!爆笑ヒットパレード』以来24年ぶりの共演となった。また、当番組には戦友でもあるウッチャンナンチャン(内村光良・南原清隆)とも、コンビとしては、1998年「いろもん豪華特別版」以来16年ぶりに共演している。

芸風

ドSな性格で知られ、素早いツッコミが長所である。「ツッコミって、長い言葉でいれると間が外れるし、短すぎると意味ないし、ちょうどええ言葉の数とタイミングでスパンスパンと入れるからボケが際立つ」と語っており、テンポや間を非常に大切にしている。[7]

当初はボケもしていた

ダウンタウンがテレビに出る前は、ネタによってボケとツッコミを入れ替えていた。しかし、浜田は”いかにも今からボケまっせ”という顔を見せてしまうこともあり、現在のボケとツッコミとして定着した。[8] なお、ツッコミを担当するにあたり、師匠である中田カウス・ボタンのボタンのツッコミを舞台の袖から観察し、勉強していたという。[8]

また、大御所相手にも臆せずどついたりツッコミを入れるなど非常に肝が据わっている。先輩芸人からは「お前顔笑っているけど、目わろてないな」と言われていた。[8]

フットボール後藤を始め多くの後輩芸人が憧れのツッコミとして尊敬している。 「僕はお笑い一本で最後まで考えてない。隣が偉大過ぎて。」という趣旨の発言もしており、俳優など多方面で仕事もしている。

エピソード

  • 若手の頃、たびたび先輩のマジシャンのハトと同じ控え室になっていた。ある時ハトが鳴くのがうるさいとブチ切れ、浜田はマジックで使う短険でハトをガンガン殴った。その後、先輩マジシャンが本番でハトを出そうとしたところ、ボトッと死んだハトが落ちてきた。
  • また、当時りんごを使った芸をする先輩もいた。浜田はバレないように先輩の商売道具であるリンゴを盗み食いしていたこともある。
  • 浜田は同期の政二と、ハイヒール・リンゴの家に行った際、チャイムを押してもリンゴはなかなか出てこなかった。浜田がドアの郵便ポストから中を覗くと、風呂上がりの全裸のリンゴを偶然発見。浜田は「剛毛や」と爆笑しながら覗き続けた。
  • 浜田が好きだった女優のサインを、当時のマネージャーにもらいに行かせたことがある。サインをもらってきたマネージャーが、冗談で「折り曲げてしまいました」とボケると、浜田は激怒して「殺すぞ」とボコボコにしばいたという。

豪快伝説

  • 舞台でコント中に、態度の悪い客に野次られた際は、客席まで降りていき「入場料いくらじゃボケェ」と金を叩きつけて追い返した。
  • ココリコの遠藤と車で待ち合わせした際、道路に仁王立ちした浜田がバスの行く手を塞ぎ、公共バスを止めたことがある。

ドS

  • ドSな性格で知られており、『ガキの使いやあらへんで』の浜田寝起きドッキリの回など、番組でも彼のSっぷりが垣間見れる。
  • 素人時代の雨上がり宮迫を車で危うく引きかけたことがあり、助けるどころか「殺すぞ」と恫喝したという。
  • 東野がロケの休憩中、背中にチクッと痛みが走ったので、よく見ると、浜田がエアガンで東野を狙撃しケタケタと爆笑していた。一方で後輩への面倒見が良く情にあつい一面もある。
  • 130Rのほんこんと初めて会った際の一言は、浜田は「お前、顔どないしてん?」。松本は「お前、虫食うてるやろ」。
  • 浜田のほんこんへのイタズラは特に厳しく、「お前の耳は伸びるんか?」と耳を血が出るまで引っ張ったり、散々であった。ある時ほんこんが椅子に座っていると、突然背後からドツかれ「どけぇ!」と恫喝。ほんこんがそそくさと他の椅子に座ると、浜田はその椅子に目もくれず、悠然と立ち去った。

 幼少時代

  • 父親はペンキ屋で、貧しい家庭で育った。[9]
  • 父親が保証人になった知人の会社が倒産。ヤクザが毎晩家に取り立てに来て父親が監禁された。[9]
  • 小学校時代の夢は警察官になること[9]
  • 中学時代は、バレーボール部に入部するが練習が厳しく、1週間でやめた。中学3年生の時、放送部に入部した。[9]
  • 松本と一緒にWデートに行ったり、新聞配達のアルバイトをやった。[9]
  • 高校は非常に厳しい全寮制の高校だった。髪形は全員丸刈り、朝は4:30起床で、それから掃除、ランニングが日課だった。放課後にもランニングが課されていた。会話は常に敬語で、テレビ・ラジオは禁止だった。フロア副寮長を務めた。[9]
  • 厳しい高校生活を送っていた浜田は、一度学校から脱走したことがある。また、同じ高校の後輩として通っていた今田耕司も何度か脱走を図ったと語っている。[10]

 芸人時代

  • 口癖は、ボケに対し笑いながら「ふざけんなよ」「アホなこと言うな」。
  • 「結果発表!!」などタイトルコールの声が非常に大きい。ロケで検証したところ、カラスが驚いて飛び去るほどであった。
  • 番組企画で後輩である竹山に1万円をプレゼントされるも、浜田は「俺の幸せは、後輩のお前らに小遣いやることが幸せや。(略)。お前にこの1万円やるから、今日はこれで酒でも飲みに行け」と受け取った1万円を”小遣い”として竹山に渡した。
  • テレビにほとんど出たことのないような後輩芸人と共演する際には必ず「がんばれや」とか「オレにどんどん突っ込んできたらええねん」「なんとかしたるから」などと声をかけ気遣う様子も見られる。
  • 若手の頃は出待ちの複数名の女性を車に同乗させていた。と宮根誠司に暴露された。[11]
  • 漫才に台本は無く、口で打ち合わせをして2回程度合わせるのみ。[12]

 その他

  • 2014年、グラビアアイドル吉川麻衣子との不倫関係がフライデーされた。不倫期間が3年にも及んだため、世間の話題を呼んだ。しかし、この不倫報道に対する妻小川菜摘の対応が素晴らしかったため、浜田の不倫というよりも妻小川の人間性に注目が集まった。[13]
  • 過去に自動車事故で死にかけている。その際車はぺったんこになったが浜田自身は無傷だった。[14]
  • 一番好きなお菓子は「ギンビス」の「アスパラガス」。[15]
  • 二丁目劇場時代は周囲に駐車場もなく、違法駐車やオービスでの罰金がたまっていた。督促状などを1年ほど放置していたが、フラっと警察に出向いたところ、警察官に「お前ようきたな」と驚かれた。聞くと、浜田が出ていたその日の夕方の番組が終わると同時に逮捕しに行くつもりであったという。

受賞歴

ダウンタウン

  • 1982年 毎日放送素人名人会名人賞
  • 1982年 第3回今宮こどもえびす新人漫才コンクール 福笑い大賞
  • 1982年 フジテレビ 笑ってる場合ですよ! お笑い君こそスターだ! グランドチャンピオン
  • 1984年 第5回ABC漫才・落語新人コンクール 漫才の部 最優秀新人賞
  • 1984年 第14回NHK上方漫才コンテスト優秀賞
  • 1985年 第2回花月大賞 花月新人賞
  • 1986年 第21回上方漫才大賞 新人奨励賞 
  • 1987年 第15回日本放送演芸大賞 ホープ賞
  • 1987年 第15回日本放送演芸大賞 最優秀ホープ賞
  • 1987年 第22回上方漫才大賞 奨励賞
  • 1987年 第7回花王名人大賞 最優秀新人賞
  • 1988年 第23回上方漫才大賞 奨励賞
  • 1989年 第24回上方漫才大賞 大賞


代表作

ダウンタウン

映画

  • 「明日があるさTHE MOVIE」東宝

書籍

  • 「2丁目BOOK ダウンタウンからピーチパイまで」データハウス
  • 「ハレルヤ」ワニブックス
  • 「夢で逢えたら 公式キャラクターブック」扶桑社
  • 「THE GEISHA GIRLS SHOW」幻冬舎
  • 「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP/MCよ永遠に」扶桑社
  • 「発明将軍ダウンタウン」日本テレビ放送網
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!1~3/4 歴史/5 裁判/6 軌跡」ワニブックス
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ 完全大図鑑」フジテレビ出版
  • 「ダウンタウンDX お願い名前を呼んで!/スーパー国民投票結果発表」ワニブックス
  • 「ダウンタウンの理由」集英社(伊藤愛子 著)
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!公式 絶対に笑ってはいけないキャラクター名鑑」ワニブックス
  • 「ガキ使傑作大辞典 DVD NAVI BOOK」日本テレビ放送網

ドラマ

  • KTV「桂三枝の大当たり!初春長屋」
  • ABC「吉本興業殺人事件」
  • NTV「明日があるさ」

音楽

  • 「GOBU GOBU」CBSソニー
  • 「夕日家族」CBSソニー
  • 「生きろベンジャミン」CBSソニー
  • 「万力の国」CBSソニー
  • 「Grandma Is Still Alive/Kick&Loud」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「THE GEISHA GIRLS SHOW 炎のおっさんアワー」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「THE GEISHA Remix" GIRLS SHOW 続・炎のおっさん」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「GEISHA "Remix" GIRLS」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「エキセントリック少年ボウイのテーマ」east west japan(エキセントリック少年ボウイオールスターズとして)
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ音楽全集」east west japan
  • 「日影の忍者勝彦」east west japan(日影の忍者勝彦オールスターズとして)
  • 「明日があるさ」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「bitter sweet samba~ニッポンの夜明け~」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「look up to the sky」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「チキンライス」よしもとアール・アンド・シー(浜田雅功と槇原敬之として)"

DVD

  • 「ダウンタウンの流」HRSフナイ
  • 「OH MYハレルヤ」パワースポーツ
  • 「大魔神怒る」CBSソニー
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ コント傑作集 HISTORY1~10」ポニーキャニオン
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ 幻のコント傑作集 HISTORY0」ポニーキャニオン
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作漫才全集 Part1/Part2」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!伝説の傑作トーク大全集 Part1/Part2」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!甦る伝説の二人舞台 Part1~Part3」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!10周年記念傑作トークベストセレクション Part1~Part4」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!炎のトーク 20世紀伝説 Part1/Part2」バップ
  • 「THE VERY BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#1」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY2 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#2」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY3 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#3」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY4 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#4」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY5 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#5」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR ofダウンタウンのごっつええ感じ 1991-92」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1993」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR ofダウンタウンのごっつええ感じ 1994」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1995」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1996」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1997」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.リンゴ“約束”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ“親切”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう“安心”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM “完成”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(1)(罰)浜田チーム体育館で24時間鬼ごっこ!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(2)(罰)松本一人ぼっちの廃旅館1泊2日の旅!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(3)(罰)松本チーム絶対笑ってはいけない温泉旅館の旅!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(4)(話)抱腹絶倒列伝!傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作DVD永久保存版(6)(負)山崎VSモリマン 男と女の真剣勝負 笑いの神が降りた奇跡の名場面集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作DVD永久保存版(7)話 笑魂投入伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)放送800回突破記念DVD 永久保存版(8)(罰) 松本・山崎・ココリコ 絶対に笑ってはいけない高校+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)放送800回突破記念DVD 永久保存版(9)(話)笑神降臨伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ダウンタウン(祝)結成25年記念DVD 永久保存版(10)(罰)浜田・山崎・遠藤 絶対に笑ってはいけない警察24時!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ダウンタウン(祝)結成25年記念DVD 永久保存版(11)(話)唯我独笑伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)20周年記念DVD 永久保存版(12)(罰)絶対に笑ってはいけない病院24時」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)20周年記念DVD 永久保存版(13)(話)爆笑革命伝!傑作トーク集!!+松本人志 挑戦シリーズ!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)通算300万枚突破記念DVD 永久保存版(14) (負)大メインクライマックス2008 山崎 VS モリマン 炎のファイナルリベンジマッチ」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)通算300万枚突破記念DVD 永久保存版(15)(罰)絶対に笑ってはいけない新聞社24時」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)放送1000回突破記念DVD 永久保存版(16) (罰) 絶対に笑ってはいけないホテルマン24時 上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)放送23周年目突入記念DVD永久保存版 (17)(罰)絶対に笑ってはいけないスパイ24時 上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)ダウンタウン結成30周年記念DVD 永久保存版 (18)(罰)絶対に笑ってはいけない空港(エアポート)24時 通常版上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)ダウンタウン生誕50年記念DVD 永久保存版(19)(罰)絶対に笑ってはいけない熱血教師24時」よしもとアール・アンド・シー


浜田雅功

映画

  • 「昭和鉄風伝 日本海」日本ビクタ-
  • 「スペーストラベラーズ」東宝
  • 「シュレック」UIP/ナレーション
  • 「シュレック2」UIP/ナレーション
  • 「シュレック3」アスミック・エース、角川エンタテインメント/ナレーション
  • 「シュレック フォーエバー」ドリームワークス、パラマウント・ピクチャーズ/ナレーション

書籍

  • 「読め!」光文社
  • 「がんさく 贋作」ワニブックス
  • 「HAMASHOの本」読売テレビ、ワイズビジョン
  • 「がんさく 贋作」幻冬舎よしもと文庫

ドラマ

  • TBS「普通の結婚式」
  • NHK「夢紀行」
  • TBS「パパとなっちゃん」
  • TBS「ADブギ」
  • TBS「十年愛」
  • TBS「もしも願いがかなうなら」
  • TBS「パパはニュースキャスター 帰ってきた鏡竜太郎スペシャル」
  • TBS「人生は上々だ」/主演
  • NTV「竜馬におまかせ」/主演
  • TBS「ひとりぼっちの君に」/主演
  • ANB「浜田雅功の実験ドラマ 平成ミステリー事件簿」
  • TBS「目撃者 女探偵 VS 嘘つき少年」
  • NTV「伝説の教師」/ゲスト出演/北山恵文役
  • TBS「Friends」/主演
  • TBS「HAPPY!」
  • TBS「HAPPY!2」
  • CX「夢の見つけ方教えたる!」/主演
  • CX「夢の見つけ方教えたる!2」/主演
  • ABC「検事・鬼島平八郎」/主演

音楽

  • 「GOING GOING HOME」「FRIENDSHIP」avex trax(H Jungle With tとして)
  • 「TK PRESENTS YOU ARE THE ONE」avex trax(H Jungle With tとして)
  • 「春はまだか」ソニー
  • 「幸せであれ」east west japan
  • 「ラスベガス・ファーストクラスの旅」east west japan(浜田雅功・内藤剛志・袴田吉彦として)

DVD

  • 「H Jungle With t were born in 3.15,1995」avex trax(H Jungle With tとして)
  • 「浜田雅功の勝つためのゴルフ」フォーライフ ミュージックエンタテイメント
  • 「浜田雅功のシングルGOLF Vol.1~Vol.6」BMGジャパン
  • 「ゴルフ者で行こう!1~6」ぴあ
  • 「ごぶごぶ~浜田雅功セレクション~/~東野幸治セレクション~」よしもとアール・アンド・シー(浜田雅功・東野幸治として)


脚注

出典

  1. ダウンタウン松本人志 本当は松竹芸能に入りたかったと告白 - ライブドアニュース
  2. スポーツニッポン、2012年3月4日28面
  3. マンスリーよしもと 1983年2月号・3月号
  4. [ ダウンタウンの由来と語源由来メモ]
  5. 「ダウンタウンの理由」(1997年8月31日発行)45頁
  6. 小川菜摘、ダウンタウン浜田との馴れ初めや結婚秘話を披露「同せいしたいって言ったら親に反対されて」 - music.jpニュース
  7. [1]名言格言集 浜田雅功語録
  8. 8.0 8.1 8.2 『もう時効だヨ全員集合 史上最強!花の芸能界オフレコトークバトル』2004年5月14日
  9. 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 9.5 [2]有名人データベース
  10. ダウンタウン・浜田雅功さんの高校生活とは-LAUGHY[ラフィ]
  11. 宮根誠司氏大阪時代の浜田雅功が行ったファン対応を暴露 (2016/10/20 閲覧)
  12. 松本人志がダウンタウンとしての漫才披露を示唆 (2016/10/20 閲覧)
  13. [3]ダウンタウン浜田の嫁・小川菜摘の"妻の度量"がすごすぎる
  14. [http://news.livedoor.com/article/detail/12137268/ 浜田雅功死にかけた高速道路での事故語る (2016/10/20 閲覧)
  15. ダウンタウン浜田雅功が最も好きなお菓子 (2016/10/20 閲覧)

参考