松本人志(ダウンタウン)

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松本 人志(まつもと ひとし 1963年09月08日- )は、お笑いコンビダウンタウンボケ担当のお笑い芸人。身長は172cmで体重56kg、血液型はB型。吉本興業所属。

略歴

  • 1963年9月8日、兵庫県尼崎市で生まれる
  • 1982年、兵庫県立尼崎工業高等学校卒業
  • 同年、吉本総合芸能学院(NSC)に1期生として入学
  • 1987年、初の看板番組『4時ですよーだ』が放送開始
  • 1988年、上京
  • 同年、『夢で逢えたら』で東京デビュー
  • 同年、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』が放送開始
  • 1994年、松本の初エッセイ『遺書』を発売。200万部を超える大ベストセラーになる。
  • 同年、『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』(フジテレビ)が放送開始
  • 1995年、料金後払い制ライブ『松風'95』を開催
  • 1998年、髪形を坊主に変更する
  • 2000年、『松本紳助』(広島テレビ→日本テレビ)が放送開始
  • 2001年、『放送膝』(TOKYO FM)を高須光聖と放送開始
  • 同年、『M-1グランプリ』の審査員を務める
  • 2004年、『松本人志のすべらない話』が放送開始
  • 2005年、『リンカーン』が放送開始
  • 同年、『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』が放送開始
  • 2007年、『大日本人』で映画監督デビュー
  • 2008年、『キングオブコント』の総合司会を務める
  • 2009年、元タレントの井原凛と結婚
  • 同年、長女が誕生
  • 同年、松本人志監督作品第2作である『しんぼる』を発表
  • 同年、『IPPONグランプリ』が放送開始
  • 同年、『松本人志の〇〇な話』が放送開始
  • 2010年、左股関節の手術のために、2ヵ月間芸能活動を休養した
  • 同年、『松本人志のコント NHK』が放送開始
  • 同年、『プロフェッショナル 仕事の流儀』で「松本人志スペシャル」が放送された
  • 2011年、松本人志監督作品第3作である『さや侍』を発表
  • 2013年、『ワイドナショー』が放送開始
  • 同年、松本人志監督作品第4作である『R100』を発表
  • 2014年、松本の父親が他界
  • 2016年、『ワイドナショー』で安倍首相と共演

来歴

子ども時代

1963年兵庫県尼崎市に生まれ、地元の小学校でのちの相方となる浜田雅功と出会う。 松本は兵庫県立尼崎工業高等学校卒業と同時に印刷工の就職内定を得る。 一方浜田は競艇選手になるため受験するが、不合格となる。そんな浜田に誘われ、1期生募集をしていた「吉本総合芸能学院」(NSC)に入学。なお、松本は当時松竹芸能入りを希望していたが、浜田に『お笑いは吉本やろ』と促され結局吉本興業に所属することになったという[1]。なお、NSC在学中の最初のコンビ名は「松本・浜田」。

NSCに入学後すぐに漫才の才能が認められ、デビュー2ヶ月目にはテレビ初出演となった毎日放送の「素人名人会」にて名人賞を獲得。その1ヵ月後には「第3回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞。大賞受賞の功績としてNSC在学生では異例の早さで「なんば花月」の舞台を5日間であるが特別出演する。同年8月には、当時フジテレビの平日お昼の人気番組だった「笑ってる場合ですよ」の素人・アマチュア芸人の勝ち抜けコーナー「お笑い君こそスターだ!」に「まさし・ひとし」で出場し5週勝ち抜きグランドチャンピオンとなった。

下積み時代

NSC在学中から注目されるコンビであり、NSC1期生卒業後には吉本興業が1983年度の第2期生を開校するに当ってNSCからニュースターを生み出す為、1期生からトミーズ、ハイヒール、銀次・政二、そしてダウンタウンの4組で 「新人ゴリ押し作戦」が行われた[2]。 当時はお笑い芸人になるためには師匠に弟子入りするのが当たり前だったが、NSC設立を機に師匠を持たない「ノーブランド芸人」と呼ばれる新しい方針を打ち出していた。

他の同期生は新人ながらレギュラー番組や関西若手漫才賞レースで活躍していたが、2人は花月の劇場回りの日々を送っており、この年の関西の若手漫才賞レース「第13回NHK上方漫才コンテスト」「第4回ABC漫才・落語新人コンクール」(現:ABCお笑いグランプリ)に出場するも落選の連続であった[3]。 一部の芸人達からは評価されていたものの新人賞レースでは同期生に遅れる形となった。

地道な芸能活動の頃、1983年4月21日大阪市難波にある阪急ファイブ8F・オレンジルームでハイヒール、銀次・政二と共に「花月のような笑いからかけ離れた笑い」「アンチ吉本・アンチ花月」とテーマを掲げたコントライブ「ごんたくれ」(全3回)の第1回公演を開催。この「ごんたくれ」は後の心斎橋筋2丁目劇場の笑いの原型を開拓させたイベントでもあった。ダウンタウンは当時、漫才を中心に活動していたが、コントはこの時期に始めている。

また、「松本・浜田」「ひとし・まさし」「ライト兄弟」などで活動していたが当時の芸風を見たベテラン芸人達や社員からは「陰気な漫才しやがって!」「若いのに元気がない!」、「名前だけでも明るくしろ!」と叱咤されていた。 その後、喫茶店でたまたま開いた雑誌の文字からコンビ名をダウンタウンに改名し[4]、同年6月6日になんば花月上席(6月6日 - 6月10日)で劇場デビューを果たす。

1984年、ダウンタウンは再び新人賞レースに出場。前年に本選で落選した「NHK上方漫才コンテスト」の第14回大会では優秀賞、同時期には「ABC漫才・落語新人コンクール」第5回大会で漫才の部・最優秀新人賞を獲得、見事2大会で受賞を果たした。

「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」誕生

当時の花月三館(なんば花月・うめだ花月・京都花月)は漫才ブームが過ぎ去り、客層が若年層よりも年配層が多くを占めていたため、納得する笑いが取れず模索していた。

そんな時期に、養成所時代から2人のマネージャー的存在であった大崎洋(現在は吉本興業代表取締役社長)が、才能はあるが注目度が低かったダウンタウンに対し「彼ら(ダウンタウン)の場を作ってやらんといかん」[5]と大崎が発起人となり、新しい劇場を作る。 当時大阪・心斎橋に南海電気鉄道が賃貸契約していた劇場「南海ホール」で笑いのターゲットを若年層に絞り、ダウンタウンを中心に集まった若手芸人と共に、1984年7月12日「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」(通称「心劇」)を毎週末に開場する。

紳助・竜介の解散

1985年春、ダウンタウンにとって大きな転換期を迎える。5月のうめだ花月上席(5月1日 - 5月20日)の舞台にて、出番があったダウンタウンの漫才を舞台袖で出番待ちをしていた紳助・竜介の島田紳助がたまたま目にしたダウンタウンの漫才を前に自分達の限界を感じ、当日に吉本興業本社に出向きコンビ解散を告げる。同年5月20日に、紳助・竜介解散会見にて紳助の口から「阪神・巨人やサブロー・シロー、ダウンタウンには勝てない」と紳助は当時無名に近かったダウンタウンの名前を挙げ、この発言がキッカケで徐々に名が広まるようになる。 なお、ダウンタウンは紳助・竜介のテープを聞きながら漫才の練習を重ねていたといい、紳助・竜介は憧れの存在であった。

その直後の1985年秋、太平サブロー・シローがメインを務めた関西テレビの深夜番組「今夜はねむれナイト」内の3分程度のコントコーナー『ダウンタウン劇場(シアター)』でテレビレギュラー番組を獲得、ラジオ大阪では若者向けのラジオ番組「おっと!モモンガ」の金曜日の司会者として抜擢され、南海ホールでの定期的ライブ「心斎橋筋2丁目劇場」も徐々に反響を呼ぶようになり多くの若者から支持を受けるようになった。

「心斎橋筋2丁目劇場」オープン

1986年初頭には南海ホールで定期的に開催していたライブ「心斎橋筋2丁目劇場」は入場出来ない程の観客が詰めかけるようになり、劇場からは非常階段、130R、今田耕司、東野幸治などの新たな芸人達が活躍するようになっていた。同時期に南海ホールの経営が吉本興業になった際、「大阪にもスタジオアルタのようなホールを創ろう!」と企画が持ち上がり、総工費約2000万円をかけて改装するのが決定。同年4月12日に南海ホールとしては最終公演となる「心斎橋筋2丁目劇場」が開催された。

5月16日に正式に「心斎橋筋2丁目劇場」(通称「2丁目」「2丁目劇場」)としてリニューアルオープン。笑いに敏感な大阪の若者達が連日劇場に足を運ぶようになり、オープンから3ヶ月後の8月6日に大阪城野外音楽堂で当時の2丁目劇場主要メンバーで行ったライブ「おさわがせ2丁目探険隊 来てもた大阪城」を開催すると、約1000人もの観客が集まり大成功を収めた。

「4時ですよーだ」

2丁目劇場リニューアルから一年たった1987年4月6日、毎日放送でダウンタウンがメインで平日夕方の帯番組「4時ですよーだ」が放送開始。この番組を機にメインであったダウンタウンの人気が爆発、同年9月27日には大阪厚生年金会館(現:オリックス劇場)で「DOWNTOWN SCANDALS」というコンサートを開催すると会場は若年層の女性ファンで超満員であった。その人気に肖って、当時の吉本若手タレントでは珍しく写真集の発売や歌手としてデビューアルバムも発売させる。このダウンタウン人気で吉本総合芸能学院の1987年度(第6期生)・1988年度(第7期生)の生徒数が第6期生以前の総数よりも増加する現象も起こった。

関西で爆発的な人気を獲得したダウンタウンはその勢いで東京へも活躍の場を広げる。1988年10月13日に、フジテレビ系で若手お笑いタレントを総称した俗称「お笑い第三世代」の、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコと共にコント番組「夢で逢えたら」が関東ローカル(後に全国ネット)としてスタート。同時期にはダウンタウンの東京進出の足掛かりとなった2丁目劇場東京公演「おでかけでっせ、ラフォーレまっせ」をラフォーレ原宿で不定期に開催させる。

東京進出

吉本興業側から東京進出命令が下り、1989年9月29日に「4時ですよーだ」が最終回を迎え10月には本格的に東京進出を遂げる。なお、「4時ですよーだ」の最終回では、ダウンタウン二人とも感極まって泣いてしまっていた。

この東京進出以前にもダウンタウンは「笑ってる場合ですよ!」「ひょうきん予備校」「欽ドン!ハッケヨーイ笑った!」「ひょうきんミニ放送局」「初詣!爆笑ヒットパレード」(以下、フジテレビ制作)などの東京発のバラエティ番組にもレギュラー・ゲスト出演していたが、「4時ですよーだ」もあり本格的には進出はしなかった。東京進出後の同年10月3日、日本テレビ系で「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」が火曜深夜枠で放送開始(後に日曜23時台に昇格)、「ガキの使い」は数々の企画と過激なものからシュールなものまで様々なバリエーションの企画が受け、現在では大晦日に年越し特番として番組の人気企画笑ってはいけないシリーズを放送、『NHK紅白歌合戦』の裏枠での民放最高視聴率を叩き出している。

1991年12月8日、3度の特番放送を経てフジテレビ系の日曜夜20時台のゴールデンタイムで「ダウンタウンのごっつええ感じ」が放送開始。「ごっつええ感じ」ではダウンタウンが得意とするシュールなコントで全国的に不動の人気を獲得し、全盛期には視聴率20%を越える人気番組へと成長。1993年10月21日には読売テレビ制作の全国ネット番組「ダウンタウンDX」が、1994年10月17日にはフジテレビで音楽番組「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」が放送開始。お笑いに留まらず多方面へと活躍の幅を広げた。

個人としての活動〜ごっつええ感じ終了

相方浜田は東京進出後に数々のドラマに出演・主演などの俳優業にも分野を広げ(ADブギ、人生は上々だ、竜馬におまかせ!など)、1995年3月15日には浜田は小室哲哉と音楽グループ「H Jungle with t」を結成し、第1弾シングル「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を発売するとオリコンチャートで7週連続1位を獲得し、CDセールスは200万枚の大ヒットとなった。同年の大晦日放送第46回NHK紅白歌合戦にも出演。

一方松本はお笑いの活動を続け、1994年には入場料1万円のライブ「寸止め海峡(仮題)」、1995年には日本武道館で初のお笑い芸人の1人単独ライブ「松風'95」が行われ独自の笑いを生み出し続けていった。1993年から1995年にかけて、松本が週刊朝日に連載していたエッセイ(オフオフダウンタウン)が単行本化される。題名は『遺書』『松本』で、それぞれ250万部、200万部を売り上げた。1995年には芸能人長者番付で松本人志が1位、浜田雅功が2位となった。 1997年11月、番組改編期でもない11月に「ダウンタウンのごっつええ感じ」が突如打ち切りとなり、それを受けダウンタウンのバラエティ番組の傾向が変化していく。(詳細はダウンタウンのごっつええ感じ#突然の放送終了参照)。

2000年代

2001年4月21日に日本テレビ系で浜田主演のドラマ「明日があるさ」が放送開始。このドラマの主要メンバーで構成された音楽グループ「Re:Japan」を結成し、「明日があるさ」をリリースすると、同年の大晦日放送の「第52回NHK紅白歌合戦」にも出場した。 2001年10月12日、突如打ち切りとなった「ごっつええ感じ」が「ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル」として一夜限りの復活を遂げるが、視聴 率は9.0%で、同時間帯の他局の番組に惨敗しただけでなく同時間帯視聴率は民放各局で最低という不本意なものとなり、これ以降ダウンタウンとして10年間、地上波テレビ放送ではコントを披露することがなかった。 2004年11月17日、作詞:松本人志、作曲・バックコーラス:槇原敬之、歌:浜田雅功として「チキンライス」を発売。

2010年代

2011年11月5日、NHK総合で松本出演のコント番組「松本人志のコントMHK」のレギュラー放送第1回目のゲストとして相方である浜田とコントを披露。ダウンタウンとしてコントを披露するのは2001年放送の「-ものごっつええ感じスペシャル」以来である。 2012年4月8日、吉本興業100周年特別公演にダウンタウン、今田耕司、東野幸治、130R、木村祐一などで、かつて花月で行われていた興行「ポケットミュージカルス」を復活。公演内容は「ごっつええ感じ」の男性陣で構成された人気コントキャラエキセントリック少年ボウイオールスターズによる「「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ」や浜田が「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」を熱唱するという豪華なラインナップとなった。 2013年2月5日〜3月2日、吉本興業100周年記念公演「吉本百年物語 アンチ吉本 お笑いレボリューション」で、ダウンタウンが若手時代に活躍していた劇場『心斎橋筋2丁目劇場』を舞台化。この公演でダウンタウンを間慎太郎(浜田雅功)、趙珉和(松本人志)が演じる。

2013年3月29日、読売テレビ制作・日本テレビ系で放送されている『ダウンタウンDX』のテレビ放送では未放送である、ダウンタウンの前説をDVD化した『ダウンタウンの前説 vol.1』『ダウンタウンの前説 vol.2』を発売。

2014年3月31日放送の『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』で、一部ネットなどで不仲説が囁かれていた、とんねるず(石橋貴明・木梨憲武)と1994年「FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」以来約20年ぶりの共演を果たし、同じく不仲説が囁かれていた、爆笑問題(太田光・田中裕二)とは1990年1月1日放送の『初詣!爆笑ヒットパレード』以来24年ぶりの共演となった。また、当番組には戦友でもあるウッチャンナンチャン(内村光良・南原清隆)とも、コンビとしては、1998年「いろもん豪華特別版」以来16年ぶりに共演している。

芸風

 ダウンタウン

ダウンタウンは、お笑い界に新風を巻き起こした伝説の漫才師である。『ダウンタウンのごっつええ感じ』や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで‼』などの番組を通して、一躍スターへの階段を駆け上がった。その後もヒット番組を連発して、お笑い界のトップまで上り詰めたお笑いコンビである。[6] 島田紳助は、ダウンタウンの漫才を舞台裏で見て、解散を決意した。[7]漫才で頂点を極めた芸人でも、次世代の勢力にのまれて、漫才以外に活躍の場を変えている。しかし、ダウンタウンはデビューから30年を経った今も、第一線で活躍するお笑いコンビである。

 松本人志

頭の回転が非常に速く、アドリブやフリートーク、大喜利など瞬発力を要するものを好む。それゆえ、リズムネタや一発ギャグに関しては嫌厭している節があり、自身も一切ギャグは持ち合わせていない。 瞬時にキレのある言葉が飛び出す松本の笑いは、クセになる魔力を秘めている。ダウンタウン人気を支えているのは、松本の魅惑的なオンリーワンの芸風にあるとも言える。[6] 松本が即興で繰り出す「例えツッコミ」は真似しようにも真似できない芸当である。例えば、『リンカーン』の企画で、ウド鈴木が作った味のない料理に対して、「素っ裸の人に『センス悪い』とは言えない」と例えツッコミをしている。松本自身も「今世紀最大の天才」や「ダウンタウンは日本一のコメディアン」、「センスがない人にはダウンタウンの漫才は理解できない」などと、自分の笑いに対する圧倒的な自信を堂々と宣言している。[6]

松本は、これまでにも新しい試みに対するチャレンジ精神がある。「後払い制のライブ」や「24時間大喜利」、「1人武道館ライブ」、「コント映像のインターネット有料配信」など、今まで他の芸人が誰もやっていなかったようなことにも積極的に挑戦している。[6]

 理論

「笑い」については、桂枝雀の「緊張と緩和」の理論にたびたび言及する。つまり、笑いは面白い話をするから生まれるのではなく、追い込まれた状況と解放された状況の誤差こそが笑いなのであると主張する。[8]また、自著である「松本」「遺書」などを通じて、お調子者でピエロのような立ち位置であった芸人を再定義しており、彼曰く、芸人は笑われているのではなく、客を狙って笑わせている高度な職人である。

 影響力

  • 当時はボケた直後には笑顔を振りまくのが一般的であった。対して松本はぶっきらぼうな表情で客に迎合せず、芸人としての矜持を固持した。彼の実力やそれまでの芸人のあり方を変えた影響力の大きさは計り知れず、芸能界のみならず多くの人からリスペクトを集めている。相方浜田も『ダウンタウンDX』でダウンタウンと島田紳助が共演した時に、紳助が浜田に、「お前司会になれよ」と言ったところ、浜田は「ずっとお笑いやるつもりはないです。隣が偉大すぎるんで」と答えている。

一方で、松本が数々のお笑い番組や企画を行う中で、「松本人志」は一つのブランドになっていった。つまり、松本が手掛ける番組は面白いはずだ、面白くないなら見る側のセンスがないのだ、というようなブランド信仰がどんどん広まった側面があると指摘する声もある。[6]

エピソード

 幼少期

  • 松本の両親はお見合い結婚で、父親は室内装飾や舞台装飾の仕事をしていた。[9]
  • 家の床の底が抜けていても修理ができないほどの貧乏だった。幼少期はウインナーを焼いたものを焼肉と呼んでいた。また、飼っていたペットの餌代を捻出できないために、父親が処分した。さらに、自転車を買ってもらえなかったために、友達の家まで自転車に乗ってる真似をして行った。[9]
  • 小学校時代に少年野球チームに所属したが、左利きのグラブを買えなかったので一日で退部。運動も勉強も出来ず、性格も根暗だったので、いじめられていた。しかし、クラスメイトから笑いを取れるようになってからは、同級生から一目置かれる存在に変わった。[9]
  • 当時は、友人3人でお笑いトリオを組んで、ネタを披露していた。[9]
  • 修学旅行で女風呂を覗くと、おばちゃんの先生の裸を見てしまった経験がある。[9]

 中学時代

  • 放送部に所属していた。[9]
  • 浜田と同じクラスになり、友人の部屋をノコギリで破壊したりなどのいたずらをしていた。当時は、「まっつん」と呼ばれていた。また、浜田からヌードグラビアの本を借りたり、Wデートの行ったりした。松本が彼女が出来たのは中3の時。[9]
  • 中学3年に浜田と一緒に新聞配達をして自分のおこずかいを稼いでいた。[9]
  • ヤンキー高校だったため、パシリにならないためにと、入学早々喧嘩の強そうな同級生を殴った。それから、同級生に一目置かれる存在となった。[9]

 高校時代

  • 応援団部所属。[9]
  • 母親が作ってくれた弁当のおかずが缶詰のシーチキンだけだったことがあった。[9]
  • 高校3年の時に、タバコがバレて停学になったことがある。[9]
  • 家は狭くて、自分専用の部屋が無かったため、オナニーしている所を何度も親に見つかっていた。[9]
  • 高1の時に、中学から付き合っている彼女と初めてキスをした。安ホテルでセックスした時に、枕元の裸電球にかけたT-シャツが燃えて、火事になった。[9]

 若手時代

  • 当時18歳で「ライト兄弟」と名乗ってネタ見せ番組で漫才を披露した際、司会の横山やすしに「お前らの漫才はチンピラの立ち話や!」と恫喝された。[10]
  • 漫才ブームで大人気だった紳助竜介の島田紳助は、当時まだ無名だったダウンタウンの漫才を見て、「俺たちの時代は終わった」と引退を決意した。主流であった2ビートの高速の漫才ではなく、ダウンタウンはゆっくりした漫才でかつ面白かったため革命的であったと紳助は評している。
  • 下積み時代にマネージャーであった大崎洋(現吉本興業社長)は「25メートル1回も息継ぎせずに潜水したら、将来俺の言うことを聞いてくれるか?」と尋ね、松本は快諾。その後ダウンタウンが売れ、松本がどうしても首を縦に振らなかったときに約束が果たされたという。[11]
  • 松本のお笑いに対するこだわりは尋常ではない。1997年に出演していた『ごっつええ感じ』が野球中継で放送中止になった時、激怒してテレビ局に猛抗議した。その結果、番組降板となった。[6]
  • 「ガキの使いやあらへんで」の企画でコンプレックスは何かと問われ、意外にも学歴と答えたことがある。

 その他

  • 性癖は美人の鼻フック。
  • 野球嫌いを公言している。
  • 若い頃は芸人が体を鍛えると客に威圧的になり良くないと考えていたが、2010年辺りから鍛えはじめムキムキになっている。
  • 2010年11月の『リンカーン』の企画で、ダウンタウンは約20年ぶりに互いの連絡先を交換させられたことがある。その後、松本は浜田に何度か電話をかけようとしたことがあるが、その都度浜田の連絡先は消していると明かした。

受賞歴

 ダウンタウン

  • 1982年 毎日放送素人名人会名人賞
  • 1982年 第3回今宮こどもえびす新人漫才コンクール 福笑い大賞
  • 1982年 フジテレビ 笑ってる場合ですよ! お笑い君こそスターだ! グランドチャンピオン
  • 1984年 第5回ABC漫才・落語新人コンクール 漫才の部 最優秀新人賞
  • 1984年 第14回NHK上方漫才コンテスト優秀賞
  • 1985年 第2回花月大賞 花月新人賞
  • 1986年 第21回上方漫才大賞 新人奨励賞 
  • 1987年 第15回日本放送演芸大賞 ホープ賞
  • 1987年 第15回日本放送演芸大賞 最優秀ホープ賞
  • 1987年 第22回上方漫才大賞 奨励賞
  • 1987年 第7回花王名人大賞 最優秀新人賞
  • 1988年 第23回上方漫才大賞 奨励賞
  • 1989年 第24回上方漫才大賞 大賞


 松本人志

  • 「カンヌ国際映画祭」(第60回(2007))監督週間上映
  • 「ビートたけしのエンターテインメント賞」(第8回(2007))話題賞
  • 「ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭 インターナショナル・コンペティション」第28回(2010) 審査員特別賞
  • 「ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭 オービット・コンペティション」第7回(2010)グランプリ

代表作

ダウンタウン

映画

  • 「明日があるさTHE MOVIE」東宝

書籍

  • 「2丁目BOOK ダウンタウンからピーチパイまで」データハウス
  • 「ハレルヤ」ワニブックス
  • 「夢で逢えたら 公式キャラクターブック」扶桑社
  • 「THE GEISHA GIRLS SHOW」幻冬舎
  • 「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP/MCよ永遠に」扶桑社
  • 「発明将軍ダウンタウン」日本テレビ放送網
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!1~3/4 歴史/5 裁判/6 軌跡」ワニブックス
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ 完全大図鑑」フジテレビ出版
  • 「ダウンタウンDX お願い名前を呼んで!/スーパー国民投票結果発表」ワニブックス
  • 「ダウンタウンの理由」集英社(伊藤愛子 著)
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!公式 絶対に笑ってはいけないキャラクター名鑑」ワニブックス
  • 「ガキ使傑作大辞典 DVD NAVI BOOK」日本テレビ放送網

 ドラマ

  • KTV「桂三枝の大当たり!初春長屋」
  • ABC「吉本興業殺人事件」
  • NTV「明日があるさ」

音楽

  • 「GOBU GOBU」CBSソニー
  • 「夕日家族」CBSソニー
  • 「生きろベンジャミン」CBSソニー
  • 「万力の国」CBSソニー
  • 「Grandma Is Still Alive/Kick&Loud」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「THE GEISHA GIRLS SHOW 炎のおっさんアワー」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「THE GEISHA Remix" GIRLS SHOW 続・炎のおっさん」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「GEISHA "Remix" GIRLS」フォーライフ ミュージックエンタテイメント(GEISHA GIRLSとして)
  • 「エキセントリック少年ボウイのテーマ」east west japan(エキセントリック少年ボウイオールスターズとして)
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ音楽全集」east west japan
  • 「日影の忍者勝彦」east west japan(日影の忍者勝彦オールスターズとして)
  • 「明日があるさ」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「bitter sweet samba~ニッポンの夜明け~」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「look up to the sky」avex trax(Re:Japanとして)
  • 「チキンライス」よしもとアール・アンド・シー(浜田雅功と槇原敬之として)"

 DVD

  • 「ダウンタウンの流」HRSフナイ
  • 「OH MYハレルヤ」パワースポーツ
  • 「大魔神怒る」CBSソニー
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ コント傑作集 HISTORY1~10」ポニーキャニオン
  • 「ダウンタウンのごっつええ感じ 幻のコント傑作集 HISTORY0」ポニーキャニオン
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作漫才全集 Part1/Part2」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!伝説の傑作トーク大全集 Part1/Part2」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!甦る伝説の二人舞台 Part1~Part3」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!10周年記念傑作トークベストセレクション Part1~Part4」バップ
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!炎のトーク 20世紀伝説 Part1/Part2」バップ
  • 「THE VERY BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#1」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY2 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#2」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY3 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#3」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY4 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#4」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY5 BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ#5」よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR ofダウンタウンのごっつええ感じ 1991-92」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1993」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR ofダウンタウンのごっつええ感じ 1994」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1995」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1996」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「THE VERY BEST ON AIR of ダウンタウンのごっつええ感じ 1997」 よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.リンゴ“約束”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.バナナ“親切”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM Vol.ぶどう“安心”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「HITOSI MATUMOTO VISUALBUM “完成”」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(1)(罰)浜田チーム体育館で24時間鬼ごっこ!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(2)(罰)松本一人ぼっちの廃旅館1泊2日の旅!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(3)(罰)松本チーム絶対笑ってはいけない温泉旅館の旅!+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!15周年記念DVD永久保存版(4)(話)抱腹絶倒列伝!傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作DVD永久保存版(6)(負)山崎VSモリマン 男と女の真剣勝負 笑いの神が降りた奇跡の名場面集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!幻の傑作DVD永久保存版(7)話 笑魂投入伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)放送800回突破記念DVD 永久保存版(8)(罰) 松本・山崎・ココリコ 絶対に笑ってはいけない高校+名作&傑作トーク集」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)放送800回突破記念DVD 永久保存版(9)(話)笑神降臨伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ダウンタウン(祝)結成25年記念DVD 永久保存版(10)(罰)浜田・山崎・遠藤 絶対に笑ってはいけない警察24時!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! ダウンタウン(祝)結成25年記念DVD 永久保存版(11)(話)唯我独笑伝!傑作トーク集!!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)20周年記念DVD 永久保存版(12)(罰)絶対に笑ってはいけない病院24時」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)20周年記念DVD 永久保存版(13)(話)爆笑革命伝!傑作トーク集!!+松本人志 挑戦シリーズ!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)通算300万枚突破記念DVD 永久保存版(14) (負)大メインクライマックス2008 山崎 VS モリマン 炎のファイナルリベンジマッチ」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)通算300万枚突破記念DVD 永久保存版(15)(罰)絶対に笑ってはいけない新聞社24時」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)放送1000回突破記念DVD 永久保存版(16) (罰) 絶対に笑ってはいけないホテルマン24時 上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)放送23周年目突入記念DVD永久保存版 (17)(罰)絶対に笑ってはいけないスパイ24時 上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! (祝)ダウンタウン結成30周年記念DVD 永久保存版 (18)(罰)絶対に笑ってはいけない空港(エアポート)24時 通常版上巻/下巻」よしもとアール・アンド・シー
  • 「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(祝)ダウンタウン生誕50年記念DVD 永久保存版(19)(罰)絶対に笑ってはいけない熱血教師24時」よしもとアール・アンド・シー


 松本人志

 映画

  • 「大日本人」松竹/松本人志 監督・企画・脚本・主演
  • 「しんぼる」松竹/松本人志 監督・企画・脚本・主演

 書籍

  • 「遺書」朝日新聞社
  • 「松本」朝日新聞社
  • 「松風'95 HITOSHI MATSUMOTO 4D-EXPO」朝日出版社
  • 「「松本」の「遺書」」朝日新聞社
  • 「松本人志 愛」朝日新聞社
  • 「松本坊主」ロッキング・オン
  • 「図鑑」朝日新聞社
  • 「松本紳助」ワニブックス(島田紳助・松本人志として)
  • 「シネマ坊主1~3」日経BP出版センター
  • 「松本裁判」ロッキング・オン
  • 「裏松本紳助」ワニブックス(松本人志×島田紳助として)
  • 「プレイ坊主 松本人志の人生相談」集英社
  • 「哲学」幻冬舎(島田紳助・松本人志として)
  • 「放送室 その一~その三」TOKYO FM出版(松本人志・高須光聖として)
  • 「放送室の裏」ワニブックス(松本人志・高須光聖として)
  • 「定本「一人ごっつ」」ロッキング・オン
  • 「好きか、嫌いか 松本人志の二元論/2 松本人志の最終審判」集英社
  • 「大日本人 オフィシャルガイド」日経BP出版センター
  • 「大日本人 アート&シナリオブック」日経BP出版センター
  • 「松本人志のちょっとした言葉カレンダー2008」ワニブックス
  • 「松本人志の怒り 赤版/青版」集英社
  • 「赤塚不二夫対談集 これでいいのだ。」メディアファクトリー
  • 「松本紳助」幻冬舎よしもと文庫
  • 「シネマ坊主」幻冬舎よしもと文庫
  • 「哲学」幻冬舎よしもと文庫(島田紳助・松本人志として)
  • 「松本坊主」幻冬舎よしもと文庫
  • 「放送室」幻冬舎よしもと文庫(松本人志・高須光聖として)

 ドラマ

  • NTV「伝説の教師」/主演
  • NTV「竜馬におまかせ」/ゲスト出演/町娘役
  • CX「のだめカンタービレ」/ゲスト出演/松本人志役
  • YTV「木下部長とボク」/ゲスト出演/何茂専務役

 音楽

  • 「放送室」よしもとアール・アンド・シー(松本人志・高須光聖として)

 DVD

  • 「頭頭(とうず)」HRSフナイ
  • 「寸止め海峡(仮題)」フォーライフ ミュージックエンタテイメント
  • 「わらいのじかん1~6」ぴあ
  • 「わらいのじかん2一~六」ぴあ
  • 「松本人志自選集 スーパー一人ごっつ vol.1~vol.5」よしもとアール・アンド・シー
  • 「働くおっさん人形」よしもとアール・アンド・シー
  • 「働くおっさん劇場」よしもとアール・アンド・シー
  • 「M-1グランプリ2001~2003/2005~2009」よしもとアール・アンド・シー
  • 「人志松本のすべらない話」よしもとアール・アンド・シー
  • 「人志松本のすべらない話 其之弐~其之伍」よしもとアール・アンド・シー
  • 「人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン」よしもとアール・アンド・シー
  • 「人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン 2~4」よしもとアール・アンド・シー
  • 「元祖 人志松本のゆるせない話 上/下」よしもとアール・アンド・シー

脚注

 出典

  1. ダウンタウン松本人志 本当は松竹芸能に入りたかったと告白 - ライブドアニュース
  2. スポーツニッポン、2012年3月4日28面
  3. マンスリーよしもと 1983年2月号・3月号
  4. [ ダウンタウンの由来と語源由来メモ]
  5. 「ダウンタウンの理由」(1997年8月31日発行)45頁
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 6.5 ラリー遠田(2009)『THE 芸人学-スゴイ!お笑い』
  7. 松本人志(1994)『遺書』幻冬舎よしもと文庫
  8. 紳助流の分析でわかった「笑い」を生み出すためのたった2つの法則 | 原亮介
  9. 9.00 9.01 9.02 9.03 9.04 9.05 9.06 9.07 9.08 9.09 9.10 9.11 9.12 9.13 [1]有名人データベース
  10. ダウンタウンがYOUを2ヶ月無視! 血尿を出すほど悩んだ一部始終-exciteニュース
  11. [2] ダウンタウン「仕事ない日も黙々ネタ作り」の下積み時代秘話(芸能) - 女性自身[光文社女性週刊誌]2016年8月20日閲覧

 参考