富沢たけし(サンドウィッチマン)

提供: 【芸人wiki】お笑い芸人の生き様を伝えるwiki
移動先: 案内検索

富沢たけし(とみざわ たけし、1974年4月30日 - )は、お笑いコンビ『サンドウィッチマン』のボケ担当。宮城県仙台市出身。グレープカンパニー所属。血液型はAB型で身長 170cm体重86kg。スリーサイズはB110cmW102cmH114cm。[1]


来歴

 幼少期

1974年東京で生まれる。 父親は大手輸入食品会社支社長、母親は元演歌歌手の家庭で育つ。 また幼少期に右目が開かない病気の為、手術をしている。[2]

名古屋、新潟を経て、宮城県仙台へ引っ越す。『だべ』『だっちゃ?』などという方言を初めて聞き、「とんでもない田舎に来てしまった」と驚いたという。

ラジオ番組のDJの真似や漫画を描いたりなど、地味な一人遊びをしていた。 中学時代には紙粘土で漫画を自作している。内容は「野球のピッチャーが投げ、打たれたボールが跳ね返り、爆発、炎上」するというシュールなものであった。

 出会い

その後仙台商業高等学校に入学。仙台商業高等学校について『ラグビーがやりたいからラグビー部がある学校がいい』と親には説明したが、実は単に学ランが着たかっただけであった。(しかし実際は富沢らの代から制服がブレザーとなった)

中学時代は柔道部であったが、高校ではラグビー部に入部し、のちに相方となる伊達みきおと出会う。 伊達への初対面の印象は「目の可愛いやつがいるな」であった。 ラグビー部はバリバリの体育会系であり、先輩後輩の上下関係が非常に厳しかった。例えば、水たまりを泳げなどの無茶振りが続き、そのフリに答える中で次第に人を笑わせることに目覚めていったという。[3] ちなみに高校卒業の写真は、ヤンキーでもないのにバリバリのリーゼントにラグビー部なのにバットをもった写真であった。 また高校時代に初めてピザ屋でバイトを始める。この時の経験が後に『デリバリー』と名付けたピザ屋ネタを生むのである。[2]

 若手時代

高校卒業後は、ボンヤリと芸能の世界を志していたので就職はせず、そのままピザ屋の『店長代理』として働く。

1995年から『仙台夕やけ劇場(吉本夕やけ劇場)』が開演。吉本興業所属のお笑いタレントによるライブが行われていた。MCはドンドコドンが担当し、ロンドンブーツ、ココリコ、品川庄司など銀座七丁目劇場の芸人達が週替わりで出演していた。

伊達が一般企業に就職したため、別の芸人コンビ『ゆやゆよん』を結成し[2]、素人コーナーに参加。 しかし、たった一年で『仙台夕やけ劇場』が閉館。

その後は『MYCALよしもと大博覧会in東京ドーム』にて、素人のお笑い全国大会に出演。 東北地区代表として東京ドームで行われた大会では、決勝の10組まで残るも、敗退。『ゆやゆよん』を解散する。

 コンビ結成

「横にいるのはあいつ(伊達)しか考えられない」と気づく。伊達を3年かかりで口説き続けた結果、ついに伊達が根負けし、コンビを結成する。

1998年に相方伊達と仲の良かったコンビ『ポプラ並木』らと合同コントの自主ライブ『忠志74』を開催。 伊達が会社をやめ、コンビで仙台駅ビル『エスパル』で初舞台。ドンドコドン、ガレッジセール、ペナルティなどの前座として出演するも、ダダズベリであったという。[2]

 上京

1998年から上京し、某芸能事務所のネタ見せに合格。伊達コンビ『親不孝』を結成する。しかしすぐに辞め、コンビ名を『銭と拳(かねとこぶし)』に変えてフリーとして活動する。 伊達は「銭」、富沢は「拳」担当として活動する。当時について富沢は、「今考えると『拳担当』の意味がわからない。」と述べている。[4]

1999年、フラットライヴの前身であるライヴ『ホラ、革命だよ。』に第一回から出演。浜田ツトムが加わりトリオになり、3人だから『サン』のつく名前にしようと候補をあげる。 「サンドウィッチマン」「三途の川」「三角関係」の中から消去法で名前を『サンドウィッチマン』へ。同時にHRプロジェクトに所属。 しかし翌年、浜田ツトムが脱退し、コンビに戻るものの、サンドウィッチマンのまま活動を続ける。

2001年頃はバイトをしながらVシネマに出たり、相変わらずライブや営業の毎日を繰り返す。テレビに出れる気配もなくモチベーションも低下していった。富沢は「やめる時期が来たのではないか」とすら考えていたという。[5]

 ブレイク

2005年から再びフリーに戻る。コンビで相談し、”この一年を悔いの残らぬ様に頑張って、テレビでネタが出来なければやめる”ことを決意。 バイトを減らし、BSのネタ番組『東京金歯』を始め、とにかく出れるライブに全て出演する。そんな中、とあるライブに、人気のネタ見せ番組『エンタの神様』のスタッフが来ており、後日出演オファーが来る。 エンタの神様に初出演。なんとか目標を達成し、お笑いをやめずに済む。『エンタの神様』で披露した記念すべきネタは『ピザの宅配』。 フラットファイヴ所属になり、M‐1グランプリにおいても初めて準決勝に進出する。

2007年M‐1グランプリでは敗者復活戦からの劇的な優勝を果たし、一気に全国区でブレイクする。

2009年に3年間交際していた一般女性と結婚。2011年4月27日富澤に長男が生まれ、翌年2012年1月12日には相方伊達に長女が生まれた。そのため、サンドウィッチマンは同級生コンビで、同年に結婚し、子供も同級生という大変珍しいコンビとなる。[6]

 3.11

2011年3月11日、気仙沼市で『サンドのぼんやり〜ぬTV』のロケ中に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生し、番組スタッフらとともに被災した[7]

地震発生後、安波山に避難し、津波を間一髪で回避。火災動画やホテルのロビーに宿泊したことをブログで伝えた。12日11時15分にはブログを更新し、互いに助け合う被災者の様子に触れ、「みんなスゴいです!!必ず復興します!日本をナメるな!東北をナメるな!」と地元を鼓舞した。 このブログがキッカケとなり[8]、3月13日版の英国紙『インデペンデント』では、「がんばれ、日本!」「がんばれ、東北」と日の丸をあしらった日曜版表紙となった。

芸風

漫才コントを両方行う。動きや小道具よりも会話のやりとりで笑いを取るネタが多いため、コントを漫才に作り替えて披露することもある。2007年M-1グランプリで披露した漫才も、元々はコントとして作られたものであり、『エンタの神さま』で披露されていた。本人たち曰く、「コント師」や「漫才師」ではなく「漫コン師」。 ネタは主に富沢がノート・携帯電話に書き込みながら作っている。ツッコミの部分は伊達が付け加えたりするときもあるが、台本に起こし最終的な構成をかけているのは富沢である。「結婚式のスピーチ」「母からの手紙」などの読み物ネタの作成には、伊達も少なからず関与している。 富沢はパソコンで清書した台本を用いたいが、伊達の「富沢の女の子みたいな丸文字で書いた文字じゃないと頭に入らない」という理由から、長らく台本は手書きであった。現在では、富沢が伊達にメールでネタを送信し、機械音痴の伊達がマネージャーに頼んでプリントアウトしてもらうという。

 漫才

漫才ネタに入る時には「(伊達)世の中興奮する事っていっぱいあるけど、一番興奮するのは◯◯する時だよね」「(富沢)間違いないね」と言って始めることが多い。終わる時は伊達が「もういいゼ!」と言い締める。 「ちょっと何言ってるかわからないです」「なんで何言ってるかわかんねえんだよ!」や「630円になります」「630円? はい、丁度」「30円のお返しです」「600円じゃねえか!」など、お約束ともいえる掛け合いが多くのネタに盛り込まれている。

ビートたけしは、「サンドウィッチマン漫才は、真似しようと思ってもできない」と高く評価する。また、島田紳助もM-1グランプリ2007終了後の会見において「彼らは本当に圧倒的だった」と語っている。 日経エンタテインメント!の「好きな芸人ランキング」では、2014年は9位、2015年は明石家さんま・タモリに次いで3位、2016年は5位、と毎年上位にランクインしており、好感度の高い芸人である。 Yahoo!意識調査「あなたが選ぶ『ベストオブベスト・M-1王者』は?」では、5万票以上を獲得し圧倒的な人気で1位に輝いている。

 ライブ・ラジオなど

  • 2009年以降、毎年夏〜秋にかけて、新ネタを引っ提げて全国各地を巡る単独ライブツアーを実施している。計1万人以上を動員する大規模なツアーにもかかわらず、ほぼ全ての会場でチケットが即日完売するほどプレミア化している。
  • 単独ライブでは、漫才の冒頭で、東京での初舞台から応援してくれているファンの「小島さん」をいじるのが恒例となっている。
  • ネタ以外ではボケツッコミの役割分担を気にしない。昔は伊達がボケ、富澤がツッコミをやっていた時期もあったためか、ラジオやフリートークでは富澤が伊達につっこんだり、単独ライブでは伊達がボケネタも存在する。

 富沢

  • 影響を受けた笑いとして『スネークマンショー』や『ボキャブラ天国』を挙げている。自分にとってコントとは「血」、漫才は「肉」「骨」と考えているという。
  • ネタ中では突っ込まれると首を傾げたり、会釈をしたりする。言葉の間違いのボケで突っ込まれたら自分でも訂正する。

エピソード

  • 極めてコンビ仲が良いことで有名である。部活で知り合って以来の親友であり、大きな喧嘩をしたことは一度もない。
  • 強面であるが、二人とも下戸である。
  • じゅんいちダビッドソンやU字工事らとは仲が良い。じゅんいちダビッドソンの元相方は、芸人を辞めサンドウィッチマンのマネージャーとなっている。[9]
  • 証明写真を撮る際に「あと一歩で怒られるギリギリの笑顔」をつくる。
  • ネタ作りはほぼ富澤が行っている。相方の伊達も「富澤は本当に天才だと思う。芸人辞めても普通に作家で食える」と語っている。また、『ドリームマッチ2011』で富澤とコンビを組んだフットボールアワーの後藤輝基は富澤が作ったネタを「完璧だ」と絶賛していた。
  • 営業ではツッコミを入れながら積極的に喋り、観客とコミュニケーションを取る。
  • 番組出演では漫画のようなリアクション芸が得意。
  • デフォルメされたイラストを描くことが得意。
  • 伊達曰く、霊にイタズラされることが日常茶飯事で、心霊体験(伊達も目撃している)をしても「いつもの事だから。」と全く気にしていない。ただし本人自体に霊感は無く霊は見えない。
  • 金属アレルギーで、金属製のアクセサリーを装着すると皮膚が荒れてしまう。
  • 「頑張って」や「頑張れ」と言われることが嫌いである。
  • 日本版のミッキーマウスの声帯模写ができる。しかし声が物凄く小さいため、伊達から「聞こえねーよ」と言われる。
  • 映画『銀色の雨』で共演して以来、大島優子(AKB48)とメル友である。
  • 子供が苦手であるとたびたび発言している。息子が生まれてからは息子の歳までの子供ならある程度平気になったが、息子より歳上の子供との接し方は相変わらずわからないと言っている。
  • ラグビー部時代、部員数が出場必要最低限の15人丁度である中で、強豪校石巻工業と公式戦1回戦で対戦した。一方的な試合展開に耐えかねて自軍が途中棄権を申し出たが認められず、結局101対0の大敗を喫してしまった[10]
  • 東京に進出をしてから9年間、M-1グランプリ優勝までコンビ2人でアパートに同居していた。2009年の結婚以後は各々妻子と共に生活している(互いに2009年に結婚)[11]
  • 伊達の長女と富澤の長男は同級生である。
  • 地元の東北楽天ゴールデンイーグルスのファン。ただし2004年まではプロ野球]]関連にさほど興味がなく、伊達は横浜ベイスターズ、富澤はヤクルトスワローズのファンだった。M-1グランプリ優勝以降は楽天絡みの仕事も多い。 Jリーグでは、ベガルタ仙台のファンである。
  • 「水族館巡り」が共通の趣味である。『新潟市水族館 マリンピア日本海』には、プライベートで訪れてから2か月足らずの内に再度仕事として訪れた[12]

受賞歴

  • 2007年 M-1グランプリ 優勝
  • 2009年 東京スポーツ 第9回ビートたけしのエンターテイメント賞 日本芸能大賞
  • 2009年 キングオブコント 準優勝

出演番組

 DVD

  • サンドウィッチマンライブ2007 新宿与太郎哀歌
  • サンドウィッチマンライブ2008 新宿与太郎行進曲
  • サンドウィッチマンライブ2009 新宿与太郎狂騒曲
  • サンドウィッチマンライブ2010 新宿与太郎音頭
  • サンドウィッチマンライブ2011 新宿与太郎完結篇
  • サンドウィッチマンライブツアー2012
  • サンドウィッチマンライブツアー2013
  • サンドウィッチマンライブツアー2014
  • サンドウィッチマンライブツアー2015
  • M-1グランプリ2005完全版〜本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”〜(敗者復活戦)
  • M-1グランプリ2006完全版〜史上初!新たなる伝説の誕生〜完全優勝への道〜(敗者復活戦)
  • M-1グランプリ2007完全版 敗者復活から頂上へ〜波乱の完全記録〜
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.1:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.2:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.3:エンタの神様ベストセレクション
  • サンドウィッチマンのエンタねた vol.4:エンタの神様ベストセレクション
  • ハチワンダイバー DVD BOX
  • お台場お笑い道
  • サンドのぼんやり〜ぬTV Vol.1 『真夏のサンド・水着オリンピック!』
  • サンドのぼんやり〜ぬTV Vol.2 『富澤の血液型・34年目の真実!』
  • 東北魂TV
  • 東北魂TV 2 -THE TOHOKU SPIRIT-
  • 東北魂TV ~みちのく元気旅でお腹いっぱい編~
  • 東北魂TV ~世間を欺くニューハーフ編~
  • 東北魂TV ~ギターをなくしたバンドマン編~
  • 漫才サミット ~実力派漫才師・ 笑いの頂上会談~
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.1 名古屋編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.2 埼玉&赤羽編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.3 浜松編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.4 大阪編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.5 大阪&渋谷編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.6 秋葉原&六本木編
  • サンドウィッチマンのご当地アイドル発掘団 VOL.7 群馬&夏祭り! 編
  • 熱烈!ホットサンド!vol.1 愛すべき俺たちの商店街編
  • 熱烈!ホットサンド!vol.2 ディープ!北海道探険隊編
  • 東京ダイナマイト&サンドウィッチマンの漫才先生 in パラオ

 シングルCD

サンドウィッチマンのラジオやらせろ!(仮) ひと口ラジオ(せんだい泉エフエム放送) サンドウィッチマン&及川奈央 天晴れババンバン!(2011年10月、ベルウッド・レコード) 花は咲くプロジェクト 花は咲く(2012年5月23日、フライングドッグ)


 現在のレギュラー番組

 テレビ

  • サンドのぼんやり〜ぬTV(2008年4月22日 - 、東北放送)- MC
  • 東北魂TV (2011年10月16日 - 、BSフジ)
  • 東北発☆未来塾(2012年4月6日 - 、NHK Eテレ)- MC
  • 熱烈!ホットサンド!(2014年4月6日 - 、札幌テレビ放送)- MC[48]
  • バイキング(2014年4月7日 、フジテレビ) -レギュラー
  • 帰れまサンデー(2016年10月2日 - 、テレビ朝日)- 週替わりMC

 ラジオ

  • サンドウィッチマンのラジオやらせろ!(2007年7月 - 、fmいずみ) - 毎週火曜19時30分[49]。2人の地元泉区のcFMで、唯一、M-1優勝以前から続くレギュラー番組。
  • キャンパス寄席(2011年4月30日 - 、NHKラジオ第1放送) - 進行役
  • サンドウィッチマンの東北魂(2011年7月3日 - 、ニッポン放送)
  • サンドウィッチマンの天使のつくり笑い(2015年4月7日 - 、NHKラジオ第1放送) - メインパーソナリティ

富沢たけし

 テレビドラマ

  • ハチワンダイバー(2008年5月3日 - 7月19日、フジテレビ)
  • 空飛ぶ広報室(2013年6月23日、TBS) - 最終話ゲスト・山本三等空佐 役
  • 生きたい たすけたい(2014年3月11日、NHK) - 智弘 役
  • ごめんね青春!(2014年10月12日、TBS) - 富永 役

 バラエティ

  • 女子アナの罰(2012年7月16日 - 2014年3月26日、TBS) - ナレーター

 テレビアニメ

  • GON -ゴン-(2012年) - リーダー 役(声の出演)

 映画

  • 銀色の雨(2009年) - 魚屋・小島 役
  • とある飛空士への追憶(2011年) - 千々石武夫 役(声の出演)

 CM

  • 雪見だいふく(ロッテアイス) - 冷蔵庫 役(声の出演)

 PV

  • スキマスイッチ「Hello Especially」(2013年)

 書籍

  • 『ちょっと何書いてんのかわかんないです……!!』(2008年12月1日、講談社)

脚注

 出典

  1. サンドウィッチマン- 株式会社グレープカンパニー
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 1974~1998|サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」Powered by Ameba
  3. 『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ)2014年10月26日放送内容
  4. 1998~20××|サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」Powered by Ameba
  5. 1998~20××|サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」Powered by Ameba
  6. 「母乳を飲んでみた…」サンドウィッチマンの新米パパ対談1 - 女性自身[光文社女性週刊誌]
  7. サンド伊達、鼓舞「東北をなめるな!」 - 芸能 - SANSPO.COM
  8. 英紙1面で「がんばれ日本」 きっかけは芸人ブログ
  9. 笑いまみれの環境にいたサンドウィッチマン - リアルライブ
  10. サンドウィッチマン[ お笑いコンビ ] 中高生部活応援マガジン 2012年07月15日
  11. サンドウィッチマンが“男同士”10年間の同居生活を赤裸々に告白!?テンプレート:リンク切れザ・テレビジョン
  12. 中部・北陸地方で2010年2月中旬から下旬に放送された番組 『BSNスペシャル ニッポンど真ん中! 〜サンドウィッチマンが行く! にいがた美食の裏めぐり〜』内での発言から。