大悟(千鳥)

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大悟(だいご、1980年3月25日(36歳) - )はお笑いコンビ「千鳥」のボケ担当。身長170cm /体重 60kgで血液型はB型。本名は山本 大悟(やまもと だいご)。

来歴

 幼少期

1980年岡山県笠岡市北木島という小さな島に生まれる。

岡山県立笠岡商業高等学校にてノブと出会う。高校入学初日に散髪に行くも時間が足りず、髪の毛まみれで登校した。その様子を見たノブは「島から鬼が来た」と恐れおののいたという。[1]

NSCに入学を試みるも、面接官の態度に腹を立てた大悟は「偉そうにしてるけどワシよりおもろいんか?」と詰め寄り、面接不合格となる。

 コンビ結成

その後シャープの工場に勤めていたノブを誘い2000年7月にコンビ『千鳥』を結成。漫才を中心に活動する。ノブを勧誘するため、大悟は自分がピン芸人として売れているという内容の偽の新聞を作り渡したとまで語っている。[1]

千鳥と笑い飯はインディーズイベントで出会い、互いにNSCに落ちたこともあり、非常に仲が良かった。ダイゴの家で4人で集まって毎日暮らしていたほどである。当時、同世代にはキングコングやNON STYLEがbaseよしもとで若い女性からアイドル的人気を博しており、打倒に燃えていたという。[2]

しばらくして仲が良かった笑い飯が2002年のM-1に出場し、一躍話題になる。当時の心境について千鳥は、悔しいというよりも「ワシらもあの感じでいけるんやと安心した」と振り返っている。[2]

2003年 M-1グランプリに芸歴三年目で初出場。9位を獲得する。 2004年にABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞、M-1グランプリ9位。翌年2005年にはNHK上方漫才コンテスト優秀賞を獲得するなど高い評価を受ける。その後もBGO上方笑演芸大賞やTHE MANZAIなど数多くの漫才大会で好成績を残す。

 ロケ芸人

関西の人気ローカル番組「ちちんぷいぷい」や「せやねん」などの情報番組のレポーターやロケの仕事が徐々に増える。 ただ、情報番組のレポーターはボケを挟むことができなかったため、芸人がする仕事ではないと感じ、当時は嫌で仕方なかったと明かしている。(今では感謝している)[2] 「せやねん」に出演時にトミーズまさが「情報とかはいらんから、千鳥がただただボケるだけのコーナーをやってくれ」とスタッフに懇願。「千鳥弁当」というボケありのコーナーが生まれ、ロケ芸人として脚光を浴びる。[2] 2010年には年に200本ほどロケの仕事があり、関西のロケ芸人としてトップに君臨する。

 東京進出

2011年に「THE MANZAI」決勝3位。なお、決勝では楽屋で他の若手が必死にネタ合わせをしている中、大吾は畳の部屋でごろんと寝て「今さらネタ合わせするヤツはアホじゃ、あわててもしゃーない」と言って余裕を見せていた。しかし、いざ本番が始まると、東京進出というプレッシャーから、ノブの方を見て大悟は「何じゃったかのう」とネタを飛ばしてしまったという。[1]

その後ピースや平成ノブシコブシなど人気の若手によるコント番組「ピカルの定理」へのレギュラーが決まる。これを機に東京進出がスタートするものの、ピカルの定理は半年後終了。(小藪から「ピカルショック」と呼ばれている)[2]

また子供の頃から憧れていたダウンタウンの『ガキの使いのあらへんで!!』での名物企画『七変化』に出演。緊張がピークに達したと語り、原因不明のおできができたという。[1]

2013年上方漫才大賞受賞。ロケ番組や「アメトーーク」など多くの番組で活躍を続ける。

芸風

岡山弁で癖のあるチンピラのような漫才スタイルである。ネタを書きためるよりは、大悟の頭にある事を口頭で二人であわせて作るという。ある単独ライブの会では、披露する予定の漫才が1本足らず直前にネタを作り、本番で爆笑を取ったことがある。[3]

笑い飯と共同生活を送っていた頃は、毎晩夜中に公園に行き、各々ネタあわせをしていた。夜を徹してネタ合わせを続け、朝方にお互いコンビのネタをレビューしあっていたという。こうして千鳥と笑い飯それぞれの漫才のスタイルは磨かれていった。[2]

またロケ芸人として非常に高い評価を受けている。ロケ先での人物やネタに独特の表現を用いる。南海キャンディーズの山里は「ロケと漫才の境界線が意外と無く、僕らにとっても理想である」と評した。[3]

エピソード

  • 下積み時代に笑い飯と共同生活をしていた頃は、お金もなかったためダイゴがバイト先の冷えたタコ焼きを持ち帰り、みんなで突きあいながら過ごしたという。
  • 大の酒好きである。ある時ノブとマネージャーが、品川駅でダイゴを待っていた。するとダウンジャケットに首にマフラーを巻き、ズボンを履いていない状態でダイゴが来たことがある。
  • 朝からのロケであるにもかかわらず、前日に飲みすぎた状態で出演。相方のノブいわく「(海外の受刑者で見かける)懲役300年みたいな顔」。
  • 高校のとき、大悟は「島から鬼が来る」と恐れられていた。[4]
  • 大悟は、お金が無いころから大悟軍団と呼ばれる後輩芸人を毎晩のようにすし屋などでおごっていた。メンバーには、山里亮太(南海キャンディーズ)、久保田和靖(とろサーモン)、 中山功太、ネゴシックスなどがいる。[5]
  • ピン芸人の渡辺直美は、先輩である大悟に度々恋愛相談をするそうで、「大悟さんに全部報告してたんですけど、4回目くらいの相談のときに『今までのお前のタイプ聞いてて思ったんやけど、わしのことも好きやろ?』って言われたんです」と大胆発言をし、「こんなに素直に思ったことを言ってくれる先輩はいないです」と絶賛している。[6]
  • 南海キャンディーズの山里は東京進出後、「M-1グランプリ」での決勝戦最下位など様々な失敗が重なり、芸人を辞めてしまおうか悩んでいた。先輩である大悟に相談したところ、「そうか」「辞めるんだったらしゃあないな」と軽い反応であったものの、「お前と俺の関係じゃから、最後出てくれや」と千鳥の東京でのトークライブのゲスト出演を頼まれる。山里はあくまで脇役であったが、大悟がライブで披露したのは山里のエピソードばかりで、場内は爆笑に包まれた。ライブ終了後、大悟から「こんなおもろい奴が辞めるんかい」と問われ、人を笑わせる喜びに触れた山里は「辞めません」と引退を撤回。大悟は「おかえり」とだけ言い、山里の再出発を優しく歓迎した。山里は「千鳥さんがいたから、僕はこうして芸人を続けていられるというのも過言じゃないと思います」と当時を振り返った。[7]
  • 吉本興業の養成所NSCの出身でない千鳥がオーディションで芸人デビューした当時について、先輩であるフットボールアワー後藤は「めちゃめちゃガラ悪かったもんな。もう、引いたもん」と語っている。[8]
  • 大悟の実家には「山本大悟 生誕の地」という看板がある。[9]

受賞歴

  • 「NHK上方漫才コンテスト」第35回(2004)優秀賞
  • 「NHK上方漫才コンテスト」第37回(2006)優秀賞
  • 「ABCお笑い新人グランプリ」第25回(2004)最優秀新人賞
  • 「BGO上方笑演芸大賞」第2回(2006)メディア賞
  • 「BGO上方笑演芸大賞」第2回(2006)ええ漫才ができました賞

代表作

千鳥

 書籍

  • 「B面03」ぴあ
  • 「お笑いマングース」宝島社
  • 「女のことは芸人に聞け モテもん」祥伝社

 DVD

  • 「M-1 グランプリ2003 完全版」よしもとアール・アンド・シー
  • 「M-1 グランプリ2004 完全版」よしもとアール・アンド・シー
  • 「M-1 グランプリ2005 完全版」よしもとアール・アンド・シー
  • 「笑い飯・千鳥大喜利ライブDVD」よしもとアール・アンド・シー
  • 「新風 baseよしもと ネタトウタ2004」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YAKARA!」よしもとアール・アンド・シー
  • 「baseよしもと ネタトウタ2007」よしもとアール・アンド・シー

  大悟

 映画

  • 「ゆびみず」吉本興業(監督・出演)

脚注

 出典

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 『アメトーーク!』2016/03/31 放送内容
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 『よしもと黄金列伝』2014年3月24日放送内容
  3. 3.0 3.1 ラジオ「JUNK山里亮太の不毛な議論」2016年1月20日放送内容
  4. 見逃した人に!高校時代の同級生、かっこいい千鳥が『アメトーク』に。学生時代のこいぃ~爆笑エピソードを語る! 画像あり!|にぎわす.com
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