又吉直樹(ピース)

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又吉直樹(またよしなおき 1980年 - )は、お笑いコンビ『ピース』のボケ担当である。身長は164cmで体重58kg、血液型はB型である。愛称は「まったん」。吉本興業所属。

来歴

子ども時代

1980年大阪府寝屋川市生まれ。

小学校からサッカーを始め、サッカーの名門北陽高校へ入学。大阪代表としてインターハイ出場するほど運動神経が良かった。 卒業後は芸人を志し東京NSCへ5期生として入学。同期は、平成ノブシコブシやNON STYLEなど。

幼馴染とコンビ『線香花火』を結成。漫才が高い評価を受け、M-1グランプリでは芸歴2年目にもかかわらず準決勝まで進むほどの実力であった。

ピース結成

しかしNSC卒業後、三年で解散。同期で解散を経験していた綾部に「芸人を辞めて京都行ってお坊さんになる」と相談し、綾部に引き止められる形で2003年『ピース』を結成する。

もともとNSC同期の中でトップレベルの実力を誇る二組によるコンビ結成であったため、周囲からも注目が高かった。 しかし元々両方ボケボケとのコンビのためネタの方向性ではぶつかり当初は難航した。[1] またオリエンタルラジオなど後輩が次々にテレビに出るようになり、焦る日々を過ごす。

芸人として売れてない頃に、ブログが面白いと評判になり出版社の人から連絡。『ゆうぐれひとりぼっち』という処女作執筆。 当初はノーギャラでという前提であったが、又吉が書き上げた原稿を見て「これでノーギャラはありえない」と驚嘆し、原稿料を出したという。[1] この頃からプロ作家とコラボなど執筆活動に精力的に取り組む。

ブレーク

2010年10月に放送された『しゃべくり007』への出演が転機となり、 同年9月には『キングオブコント』で準優勝、年末には『M-1グランプリ』で決勝に進出し、コンビとして全国区での人気を獲得する。 また、ブレイク後は急激なプレッシャーから一時期円形脱毛症になった。[1]

2013年には第4回『よしもとオシャレ芸人ランキング2013』にて3年連続で一位を獲得し、殿堂入りを果たした。[2]

現在

2015年には、著書『火花』にて第153回芥川賞を受賞。累計発行部数240万部を超える大ベストセラーとなる。 [3]

同年5月に女性誌『an・an』(マガジンハウス)の表紙を飾る。1970年に創刊して以来、お笑いコンビが表紙に登場するのは初めてであった。[4]

芸風・人物

コンビとして

又吉の独特の世界観と綾部の軽快なツッコミが魅力。ルックスや性格、芸風どれもとっても正反対であるにもかかわらず、コンビでの漫才やコント、トークは絶妙なコンビネーションが生まれる。 東京NSC5期生の中では、「コントのスキルトリック」(綾部所属)、「漫才の線香花火」(又吉所属)と言われるほど実力のある二組であった。
[5]

ピンとして

基本的には物静かでおとなしいが、頑固で負けず嫌いな一面もある。たまたま入った定食屋の無愛想な店主と言い合いになったこともあるという。 比喩として”武闘派”であり、平成ノブシコブシ徳井が、パンサー向井に、「お前のツイッターおもんない」と絡んだ所、関係のない又吉が「じゃあ徳井くんはオモロいのやってるん?」とキレ返してきたという。[1]

エピソード

  • 京都に出家を考えた理由は、本人がもともと京都のお寺が好きであり、どうすればずっといれるかを考えたから。
  • チュートリアル徳井が偶然お台場の雑貨屋で花瓶を見つめる又吉を発見。そのまま素通りし、徳井が一時間後に同じ場所を通ると、まだ花瓶を見続ける又吉がいたという。[1]
  • 劇団ひとりとバナナマン日村に勧められ、初心者にもかかわらず35万のゴルフセットを購入し、店員に冷笑されたことがある。
  • ギャル語で「ちょー又吉」は、”すごいいい奴”という意味を持ち、「ちょー綾部」は ”すごい嫌な奴”を指す。
  • ノブシコブシ徳井はピースのファンであると公言している。
  • 井の頭公園のベンチにおとなしく座っていれば、外国人の宣教師から「あなたを、救いたい。」と言われたことがある。[6]
  • 近所の神社で思いにふけっていると、「もうちょっとしたら、出ていってもらって良いですか?」と、神社の関係者に追い出されることがある。[6]
  • 又吉の過去の恋愛の中に、「夏に原宿の神社で、木の実がなっていた。それが落ちるのを見ていたら、もう一人見ていた女の子がいて、全くの見ず知らずだったけど、それがきっかけで付き合うようになった」と、一般的には考えにくい出会いを経験している。[7]
  • 又吉の父親は沖縄出身で、子どもの頃は沖縄に里帰りすることが多く、沖縄の親戚らが宴会を開いた時に、親戚がエイサーを踊ると又吉の父も踊って場を盛り上げた。又吉も踊りに入ると場が一段と盛り上がったのだが父親からは、「おまえ調子にのるなよ」と叱られた過去を明かした。又吉はこの出来事で「人を笑わす喜びと、調子にノルと怒られるということを学んだ」と話した。
  • 又吉が風邪を引いた時に、当時付き合っていた彼女に「宮沢賢治を読んでくれ」とお願いして、文学の力で熱を治そうとしたら、翌日本当に熱が引いたらしい。
  • 中学時代がら太宰治の大ファンの又吉。東京に上京し、何も考えず、不動産屋にすすめられるまま一番最初に住んだところが三鷹のアパート。三鷹は太宰治ゆかりの地ということで、太宰治が住んでいた場所を調べたら、偶然にも太宰治が小説を書いていた部屋で、又吉は太宰治の小説を読んでいたという。[8]
  • 綾部『花火』の芥川賞受賞後からは又吉のことを、「大先生」と呼んでいる。
  • 高校3年の2学期に全教科でクラス1番の成績をとった。[9]

火花

  • 人気作家の西加奈子は火花を「脱線や話の逸脱を恐れない文章。それでいて圧倒的に地に足がついている。その振り幅が尋常じゃなく素晴らしい。」と称賛している。[1]
  • 本が大好きでネタ合わせの際に相方がトイレに行った隙にも本を開いて読んでる。
  • 火花実写化する際に綾部の主演を相談されたが、断った。理由は架空の芸人であるにもかかわらず、現実世界の相方である綾部が出ると世界観が壊れるから。
  • 相方である綾部は本をほとんど読んだ事がなく、火花を初めて読んだときも一ヶ月半ほどかかった。著者である又吉に伝えた感想は「本読むのちょーしんどい」

代表作

書籍

  • 「火花」(文藝春秋)
  • 「カキフライが無いなら来なかった」(自由律俳句集)(せきしろさんとの共著「幻冬舎」)
  • 「まさかジープで来るとは」(自由律俳句集)(せきしろさんとの共著「幻冬舎」)

舞台

  • 「凛」(神保町花月)
  • 「誰ソ彼」(新宿シアターサンモール)
  • 「咆号」(北沢タウンホール) 全舞台脚本

脚注

出典

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 『よしもと黄金列伝』2016年6月26日放送
  2. よしもとオシャレ芸人、ピース又吉が殿堂入り 女芸人は渡辺直美が初首位 | ORICON STYLE
  3. 又吉「火花」が年間ベストセラー 累計発行部数240万部
  4. ピース、お笑いコンビ初『anan』表紙「かなりの快挙です」 | ORICON STYLE
  5. 『誰だって波瀾爆笑』 2015年5月10日
  6. 6.0 6.1 ピース又吉のやばいエピソードとは|livedoor
  7. 聞くほどに味わい深い。。。ピース又吉のエピソード|NAVERまとめ
  8. ピース又吉のエピソードまとめ|NAVERまとめ
  9. 全科目クラスで1番。ピース又吉の負けず嫌い・努力家エピソード。そして芥川賞受賞の裏で起きた珍事とは?|Spotlight