しずちゃん(南海キャンディーズ)

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しずちゃん(しずちゃん 1979年2月4日-)は、お笑いコンビ『南海キャンディーズ』のボケ担当。本名、山崎 静代(やまざき しずよ)。身長182cm、体重79kg、血液型がA型である。吉本興業所属。

来歴

子ども時代

5000gという大きめの体で産まれた[1]。 保育園の頃は歌が得意で人気者だったため、工藤静香に憧れてアイドルになるのが夢だった。[2]

茨木市立春日小学校、茨木市立西中学校出身。しかし、身長が周りに比べて10cmも高い体格がコンプレックスになり、性格も次第に引っ込み思案となってしまったという。[2] 中学生時代は陸上部に所属[3]。 高校は事務所の先輩ナインティナイン・元ビッキーズのすっちーの出身校でもある大阪府立茨木西高等学校で、女子サッカー部に所属していた。

その後短大へ進むも、友人も少なくなり部屋に引きこもる生活が続いた。静ちゃんはこの頃に関し「地球が滅びればいいのに」と本当に思っていたと語っている。[2]

「こんな状態では生きていけない」と考え直し、『モーニング娘。のオーディション』に応募した。(ただし応募用に送った歌は、長渕剛のヒット曲「巡恋歌」)[2] オーディションには落選したが、このことで気持ちが切り替わり、劇団へ所属。お笑いに目覚めたという。[2]

若手時代

短期大学時代に、中学の同級生である前野里美と「西中サーキット」(にしちゅうサーキット)という女性コンビを初めて結成し、ボケを担当。ネタ作りも行っていた。このコンビ名は、西中学校陸上部の練習メニューがこう言われていたことによる[3]NSC(吉本総合芸能学院)には入らずに、オーディションを受けて吉本入りした西中サーキットは2002年 ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を獲得し、関東の深夜番組にも出演していたが、相方・前野の引退により解散。

南海キャンディーズ結成

その後「山崎二宮」というコンビを結成するも、 ピン芸人「イタリア人」として活動していた山里にケーキバイキングに誘われ、『この台本に可能性を感じたら今のコンビを解散してくれ』とネタの台本を渡される。(なお、しずちゃん本人は『変なヤツに告白されるかも…。どうやってフッたらいい?』と仲の良い別の同期に相談していた。)

しずちゃん曰く「山崎二宮」の当時の相方が男前であったため、ネタ合わせの最中にもムラムラして集中できなかったこともあり[4]、コンビを解散。山里と南海キャンディーズを結成する。

ブレイク

結成わずか一年という早さで、無名ながらも2004年ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞、同年M-1グランプリ2位という快挙を達成する。

しずちゃんは初の女性決勝進出者となり、さらにM-1決勝史上唯一の女性最終決戦進出者となった。ちなみに最終決戦ではM-1決勝では珍しい司会者いじりを取り入れたネタを披露した。それがきっかけとなり、テレビ番組やラジオ、CMなどに出演。結成2年で多数のレギュラー番組、更に関西ローカルながら冠番組までも獲得した。

2005年後半には活動拠点を大阪から東京へ移動。

M1(2005年-)

2005年のM-1グランプリにも出場するが最下位(9位)[5]に沈んだ。敗因は山里曰く「稽古不足」[6]。以後2006年、2007年のM-1グランプリへの出場を見送る。2006年大会の不参戦について、山里は自身のブログで「ただしっかりと漫才ネタとは向き合い続けます!」と語っている。

2008年大会には3年ぶりに参戦するも準決勝敗退。翌年の2009年大会には4大会ぶりの決勝進出を果たしたが8位に終わった[7]山里はガチガチに緊張したと語っている。 後日、山里は審査員の松本人志から「すべてが0.5秒遅れていた」と敗因を指摘され、ネタを自分で見直してその通りだと反省した。また、山里によると「自分達のベストバウトは2009年の準決勝だった」らしく、これには山崎も同調している[6]。2010年大会は出場を見送った。

ボクシング(2007年頃-)

2007年頃からロバートの山本博に勧められ、ボクシングを始める。

テレビドラマ『乙女のパンチ』への出演をきっかけに、ドラマのアクション指導を務めていたトレーナーの梅津正彦と出会い、指導を受けるようになった。その後タレント活動も並行しながら本格的にアマチュア女子ボクシング選手としての練習を始め、2009年2月にはC級ライセンスを取得。(詳しくは後述)

2009年頃からは、山崎がボクサーとしてロンドンオリンピックに出場することや、女優業に積極的で、山里もバラエティ番組に引く手数多であったため、南海キャンディーズとしての出演は劇場への舞台出演を除いて殆ど見られなくなり、それぞれピンでの活動が目立つようになった。 なお、山崎のロンドンオリンピックへの出場は無くなり、その後の2012年8月2日放送の『VS嵐』では嵐チームのプラスワンゲストとして久々に2人で出演している。

現在

2015年、山崎がボクサーを引退。同年12月16日、『山里亮太の不毛な議論』(TBSラジオ)に山崎がドラマの撮影先である岩手から中継でゲスト出演。未だにコンビでの単独ライブは行われていないが、コンビ2人で過去を振り返った後、2016年のM-1に向けて頑張ることを誓い合った。

2016年のM1グランプリは、準決勝敗退。準決勝で披露したネタは本来12分のものをギリギリ4分18秒に詰め込んだネタであったが(M-1の準決勝のネタ時間は4分)、観客の笑い待ちの時間を考慮しておらず、まさかの時間切れに終わる。

芸風

漫才

いつも無表情でシュールな山崎のボソッと語るボケ山里が戸惑うもどうにか理解してボキャブラリー豊かにツッコむスタイル。

  • 二人揃って大きく両手を上に上げながら出てきて決めポーズ(山里が向かって顔だけ観客に向けて体を左に向いて腕組み、山崎は正面を向いて右手を右膝の上に乗せて右半身を前に出す)をし、山里が「ど〜も〜 南海キャンディーズでーす」、山崎が指で作った拳銃で観客席を狙い「バン」と発声したあと、山里が「いやー、セクシーすぎてごめんなさいね」という登場の仕方をする。
  • 漫才の終わりの大半はオチが終わると「あした順子・ひろし」の様に無言で頭を下げて終わる。
  • 一躍スターダムに伸し上る要因となった『M-1グランプリ2004』でのネタについて、審査員の松本人志は「ネタの出来に差があるということは、面白いこととそうでないことがまだきちんと分かっていない」と自身がMCを務めるラジオ番組でコメントしている。

しずちゃん

低くボソっとつぶやくシュールリアリズムで自意識過剰なボケ、上下関係を無視したぶっきら棒なしゃべり、予測不可能なアクションが特徴。しずちゃんの暴走を止める役は常に山ちゃんが行っている。基本的にはツッコミには回らず、山崎がツッコミを入れたとしても、逆に返されることも多い。

  • 山ちゃんを嫌っていることをネタにすることが多い。『さんまのSUPERからくりTV』で明石家さんまが「山ちゃんの誕生日とか祝ってあげているの?」と聞いたところ、しずちゃんは「生まれた日を祝うって事ですよね?」と発言したり漫才の立ち位置で「山ちゃんがいる方の肌荒れの進行が酷い」との発言や、『たけしの誰でもピカソ』(テレビ東京系)に出演した際ビートたけしに「小沢に口説いてもらったら?」と言われ、共演していたスピードワゴン小沢一敬が甘い言葉を言ってくれたが「嬉しいんですけど、声が山ちゃんに似てる……」と感想を述べる等、事ある毎に彼の悪口を言う。

コンビ名

先輩芸人であるザ・プラン9に相談し、「南海ホークス」というコンビ名を提示された。だが、野球に詳しくなく、行き詰まりを感じていたため、改名をさらに依頼。女の子の相方がいることで、「キャンディーズ」はどうかと提案され、「南海ホークス」と合わせ「南海キャンディーズ」に決定した。[8]

  • 山里はキャンディーズの伊藤蘭から名前をとり、一時期「門田ラン」として活動していた。[8]
  • 以前は可愛らしさを意識して、わずかな期間だけ「すずらん」という名前で活動していた。しかし、札幌吉本にもすずらんがいたために改名する事になった。
  • なお、芸歴はしずちゃんの方が1期先輩になるが、山里含め山里の同期はほぼ同期のように扱っている。また、吉本の古くからの慣わしで、芸歴が違うコンビ、トリオ、カルテットなどは先輩が後輩に降りるシステムを採るため、南海キャンディーズそのものは山里の大阪NSC22期扱いになる(ただし個人の芸歴には影響しない)。

コンビ愛

M1でのブレーク後、映画や色んなCMに呼ばれ活躍するしずちゃんに対し、ネタ作りをしていた山里は次第に嫉妬するようになった。 2006年くらいにはコンビ仲も最悪なものとなり、お互いに心を閉ざしていた。

しかしある時、山里が先輩に相方の愚痴を言っていると、突然胸ぐらを掴まれて、「もう我慢でけん。えぇ加減にせぇよ!お前」と怒鳴られた。 聞くと、周りの先輩が山里の態度を非難するなか、しずちゃんは『私は、山ちゃんに拾ってもらったんで、解散は絶対にしません。山ちゃんはああ見えてても、ちゃんと私を演出してくれてるんです」と、ずっと山里をかばい続けていたという。

実際、映画のテロップや新聞、メディアに出る時は必ず”南海キャンディーズ・山崎静代”とクレジットされ、コンビ名は必ず外さなかった。 なお現在は南海キャンディーズ史上一番仲が良いとのこと。[9]

エピソード

コンビエピソード

  • コンビ結成を山里が持ちかけた際、山崎は当初告白されると思い戸惑いながらノートを読むが、字が下手だったため「顔も字も気持ち悪い」と思ったという。
  • 山里が山崎を誘う形でコンビを結成したが、結成後しばらくは「山崎から山里を誘った」と公言していた。これは、山崎の前の相方である二宮が、非常に野球がうまく(大リーグのトライアウトの受験経験がある)、そのせいもあって芸人の先輩から非常にかわいがられており、そんな二宮の相方山里が奪ったとなれば、先輩からの風当たりが強くなり大阪で芸人ができなくなると恐れた山里が、「しずちゃんから誘ったことにして欲しい」と山崎に頼んだからである[10]
  • 下積み時代に、山里の素行が原因で前説に呼ばれず、数えるほどしか経験しなかったことがあった。[11]
  • 『Qさま!!』の収録で山ちゃんに激怒した青木さやかの楽屋を訪ね、「山ちゃん、そんなに悪い人やないですよ」とフォローする等、嫌悪感や煩わしさは感じてはいるが、山里を見捨てる程本気で嫌っているのではない。ただし恋愛感情は一切なく、「それは絶対に無い。山里は器が小さい」とばっさりと切り捨てている。
  • ネタの中で山崎が「(山里の)メガネ叩き割るよ」と言うことがしばしばあるが、ネタの中でどついた際、本当に壊してしまったことがある(蔓が折れたが、悪意ではなく偶然)。
  • 『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』でザ・パンチの「10m高飛び込み」に立ち会った際、中々飛び込めないパンチ浜崎にしずちゃんが「お前そんなんやからM-1最下位やねん!」と野次ったが、直後に山里が「俺らも2005年最下位だったけど…」とつぶやいた。
  • 岐阜県各務原市の水族館であるアクア・トトぎふにいるカピバラの2匹が、南海キャンディーズのようにメスがオスより体型が2倍ほど大きいことや、同じおりに入りけんかがはじまると、必ずメスが勝つことから、南海キャンディーズにちなみ「南米キャンディーズ」と呼ばれている[12]。このことについて、本家の2人は「我慢」(山里)、「仏の精神で……」(しずちゃん)というコメントを出している。

趣味

  • 趣味は漫画を読むこと。保育園時代から『ウイングマン』に熱中していたなどのエピソードが見られる。大阪の自宅の部屋には、『AKIRA』や『ドラゴンボール』のグッズが所狭しと並べられており、『AKIRA』フリークとして知られる今田耕司が番組の企画で自宅を訪問した際は、非常にうらやましがっていた。また、絵を描くことも得意で、大友克洋タッチのイラストや、写実的なデッサンなどをしばしば描いている。

身体能力

  • 運動神経に優れている。学生時代に部活動で陸上競技(砲丸投等)やサッカーを経験しており、特に砲丸投げは現在でもかなりの実力を誇る。また足が速く持久力もあり、『Qさま!!』の企画「全員で鬼ごっこ」では、男性がほとんどのメンバーにおいてなかなかの粘り強さを見せている。さらに映画『フラガール』の終盤では、ほぼ完璧といえるフラダンスをこなすなど、多彩な面を多く見せている。
  • 一般的な女性に比べて非常に背が高く骨太のがっちりした体格で、普段の話し声は低い。 父、弟も体格ががっちりしており、家族そろって巨体である。
  • 高所への恐怖感がほとんど無い。『Qさま!!』のレギュラーに新加入する為に銭湯の煙突(の頂上に渡した板)の上でのラジオ体操(命綱無し。だが、もしもの時に掴まる手摺りはあり)に挑戦した際、山里が足がすくみっ放しだったのに対し、見ている方が恐ろしくなるような大胆な動きで完璧に体操を行った。しかも手摺りを「邪魔」と言い放った。この為、無事レギュラーを獲得した同番組にはコンビで出演しているものの、彼女のみ"正式レギュラー"ということになっており、相方山里は"準レギュラー"扱いであった。このほか、10m 高飛び込みでも助走を付けて飛ぶなど、並外れた度胸を持っている。
  • 優れた身体能力を持つ一方で、膝を故障したため、激しい長時間の運動には耐えられない。『堂本剛の正直しんどい』のバスケットボールの企画では「ガラスのヒザ」と言われた。また、バランス感覚は鈍く、『Qさま!!』のコーナー「グラグラ島」では度々、失敗を引き起していた。

その他

  • 爆笑オンエアバトル』に出演経験はないが、以前のコンビ「足軽エンペラー」と「西中サーキット」時代にそれぞれ1回だけ出演経験がある(足軽エンペラーは273KBで8位オフエア、西中サーキットは153KBで10位オフエアだった)。
  • 髪型は黒髪で通しているが、「西中サーキット」時代は金髪だった。

ボクシングについて

趣味のボクシングは趣味の領域を越え、2015年に引退したものの、本格的にアマチュア選手として活動していた。

ボクシングとの出会い

ボクシングを始めたのは2007年から。『あしたのジョー』を好み、ボクササイズも流行っていた頃だったのに加え、芸人の先輩たちも多くボクシングジムに通っていたということから興味を持ち、軽い気持ちで始めたという。初めてボクシングジムに連れて行ってもらい、そこで山崎に練習を勧めたのはロバートの山本博だった。 当初は趣味の一つとして始めたボクシングであったが、テレビドラマ『乙女のパンチ』への出演をきっかけに、ドラマのアクション指導を務めていたトレーナーの梅津正彦と出会い、本格的な指導を受けるようになった。

その後タレント活動も並行しながらもアマチュア女子ボクシング選手としての練習を始め、2009年2月にはC級ライセンスを取得。当初の階級はヘビー級だったが、日本国内にはヘビー級の女子選手が他におらず、なかなか試合が出来なかったという[13]

ロンドンオリンピックに向けて

2012年のロンドンオリンピック(以下、オリンピックは「五輪」と略す)より女子ボクシングを正式種目として採用することが決定、2009年夏には最重量級であるミドル級で出場の可能性を日本オリンピック委員会(JOC)コーチが示唆していた[14]

2010年3月には香川県高松市で開催された『第8回全日本女子アマチュアボクシング選手権大会』で実戦の部・ヘビー級に出場したが、出場選手が山崎1人しかおらず、同階級の認定王者となった。そのため、試合に代わり階級が下の選手と公開スパーリングが行われた[15]

2011年5月、JOCが発表した女子ボクシングの強化選考選手に選ばれ、本格的にロンドン五輪を目指す事となる。9月には中華民国の旗台北市で行われた『第1回タイペイカップトーナメント』に出場、これが初の公式戦となったが、初戦で敗退し出場4人中3位に終わった。

その後75kgまで減量を行い、2012年2月に行われた『全日本女子選手権兼ロンドン五輪予選日本代表派遣選手選考会』ではミドル級に階級を下げて出場。ミドル級の出場者は3人で、1回戦(準決勝)は不戦勝、初戦となった決勝戦で鈴木佐弥子に26対11で判定勝ちし優勝[16]。この結果、2012年5月に中華人民共和国の旗 中国河北省秦皇島市で行われた『ロンドン五輪予選兼2012年世界女子ボクシング選手権大会』の日本代表に選ばれた。

ここでアジア勢として最上位の成績を残し大陸別出場枠を獲得できればロンドン五輪出場が内定するところだったが、初戦(2回戦)ではシャフノザ・ニザモワ(ウズベキスタン)を3ラウンド1分54秒・レフェリーストップコンテストで下した[17]ものの、3回戦でアンドレア・シュトローマイヤー(ドイツ)に開始早々からスタンディングダウンを3度喫し、1ラウンド1分56秒・レフェリーストップコンテストで敗れた。中国代表とカザフスタン代表がベスト8に進んだため大陸出場枠を獲得できず、ほかにひとつ割り当てられていたアジアの推薦枠でも選ばれなかったため、山崎はロンドン五輪出場を逃した[18]

しかし、女子ボクシングの競技普及に貢献したとして日本アマチュアボクシング連盟から特別表彰されている[19]

リオデジャネイロ五輪へ向けて

世界選手権後は傷めていた膝の手術なども行ったが、「次の目標を考えたい」と現役続行の意向を表明[20]。 2012年12月、世界選手権後初の公式戦として山形市で開かれた『全日本女子選手権』にミドル級でエントリー。出場者が山崎を含めて2人のみだったため決勝戦1試合のみで行われる予定だったが、試合直前になって対戦相手が棄権したため不戦勝となり、試合を行わないまま優勝となった[21]

従来の国際ボクシング協会 (AIBA)ルールでは年齢制限が「35歳未満」とされていたが、2013年4月よりAIBAの年齢制限が40歳に引き上げられ、リオデジャネイロ五輪で新しい年齢制限ルールが適用されれば、山崎にも五輪への道が再び開かれることになる[22]

2013年4月2日、後楽園ホールで開催された『第1回女子ボクシング チャレンジマッチ』で約1年ぶりとなる試合を行い、デビュー戦で苦杯をなめた台湾の選手に勝利、雪辱を果たした[23]

同年7月に専属トレーナーの梅津が死去した後は、別のトレーナーから指導を受けている。12月23日に新潟県加茂市で行われた『全日本女子選手権』にミドル級でエントリーしたものの、出場選手が山崎1人しかいなかったため、韓国の旗 韓国から同級3位の選手を招待して強化を兼ねた親善試合を行い、2対1で判定勝ちした[24]

その後はミドル級の選手数が少ないこともあり十分な練習が積めず、2014年のアジア大会(韓国・仁川)は代表見送り。11月には2014年世界女子ボクシング選手権大会(韓国・済州島)に出場[25]したが、1回戦でエジプト選手に0対3で判定負けし、敗退した[26]

2015年6月、女子アジア選手権大会(中国)の代表に選ばれるが、8月1日に体調不良を理由に欠場を決めた。

2015年10月15日、「体力の限界」を理由に競技から引退したことが明らかになった。

受賞歴

南海キャンディーズ

  • 「ABCお笑い新人グランプリ」(第25回(2004))優秀新人賞
  • 「上方漫才大賞」(第40回(2005))優秀新人賞
  • 「ゴールデンアロー賞」(第43回(2005))新人賞
  • 「オートバックスM-1グランプリ2004」(第4回)第2位
  • 「オートバックスM-1グランプリ2005」(第5回)第9位
  • 「オートバックスM-1グランプリ2009」(第9回)第8位


しずちゃん

  • 「BGO上方笑演芸大賞」(第2回(2006))広告代理賞
  • 「日本アカデミー賞」(第30回(2007))新人俳優賞

出演

南海キャンディーズ

映画

  • 「ラブ★コン」松竹

書籍

  • 「南海キャンディーズの言うたらアカン!英会話」スパイスファクトリー
  • 「南海キャンディーズのハート泥棒 アイドルに恋して」集英社

ドラマ

  • NTV「24時間あたためますか?~疾風怒涛コンビニ伝~」

音楽

  • 「チェリートレイン」トイズファクトリー
  • 「TKプロジェクト ガチコラ」よしもとアール・アンド・シー

DVD

  • 「baseよしもと ネタトウタ2007」よしもとアール・アンド・シー
  • 「子ぎつねヘレンとゆかいな仲間たち」よしもとアール・アンド・シー
  • 「本番で~す!第二幕」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 07」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 08」よしもとアール・アンド・シー
  • 「YOSHIMOTO PRESENTS LIVE STAND 08 OSAKA」よしもとアール・アンド・シー


しずちゃん

映画

  • 「日常」エス・エス・エム
  • 「フラガール」シネカノン
  • 「華火」吉本興業
  • 「まどか」吉本興業/監督・主演
  • 「感冒性胃腸炎」吉本興業/監督
  • 「カンナさん大成功です!」ゴー・シネマ

書籍

  • 「ガールズハワイ」日本テレビ放送網

ドラマ

  • NHK「エル・ポポラッチがゆく!」
  • TBS「笑える恋はしたくない」
  • CX「アテンションプリーズ」
  • TBS「夫婦道」
  • NHK「乙女のパンチ」
  • TBS「夫婦道2」
  • NTV「探偵M」
  • ABC「広域刑事・ふたりの刑事」

出典

  1. “しずちゃんが5000gで生まれた逸話にどよめき” お笑いナタリー (2014年8月4日). 2016年11月9日閲覧
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 【エンタがビタミン♪】自傷行為を繰り返す苦悩の日々。山崎静代が壮絶な過去から立ち直った意外なキッカケ。 | Techinsight|海外セレブ、国内エンタメのオンリーワンをお届けするニュースサイト
  3. 3.0 3.1 “私と茨木 山崎 静代さん” 茨木市公式サイト. 2016年11月9日閲覧。
  4. 南海キャンディーズ結成の経緯 - 笑いの飛距離
  5. 松本人志以外の6人の審査員から最低得点を付けられた。
  6. 6.0 6.1 「M-1完全読本2001-2010」のインタビュー
  7. 審査員のオール巨人、中田カウスからは最下位(9位)となったハリセンボンよりも1点低い「84点」、「88点」を付けられた一方で、東国原英夫からは優勝したパンクブーブーよりも1点高い「89点」を付けられ、審査員の間でも大きく評価が分かれた。
  8. 8.0 8.1 『山里亮太の不毛な議論』(TBSラジオ)2015年12月16日放送
  9. 南キャン・山里「不仲だった南海キャンディーズ」 | 世界は数字で出来ている
  10. 『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』2012年9月22日
  11. 2011年6月29日放送の不毛な議論より
  12. 大柄シズちゃん、弱腰山ちゃん…こちらの2匹も名コンビ 2016年11月8日・朝日新聞より(リンク先はネット版)
  13. “【アラサー・プラス女子記者が行く 格闘技女子(4)】 ボクサーしずちゃん、きっかけは「あしたのジョーとボクササイズだった」”. 産経デジタル (2013年10月26日). 2016年11月9日閲覧。
  14. “南海しずちゃん、アマボクシングで五輪?” nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (200年8月15日)
  15. “しずちゃん、日本ヘビー級認定王者!!” SANSPO.COM (産経デジタル). (2010年3月15日). オリジナルの2016年11月9日時点によるアーカイブ
  16. “しずちゃん、大差の判定勝ち/ボクシング” nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2012年2月11日) 2016年11月9日閲覧
  17. “しずちゃん ド根性1勝!いきなりダウンも3度奪い返した” スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2012年5月15日)
  18. “しずちゃん 五輪枠逃す…3回戦でドイツ選手に敗れる” スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2012年5月15日)
  19. “しずちゃん、特別表彰に笑顔「また次に向かって」” スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2012年5月28日)
  20. “しずちゃん、現役続行の意向 「次の目標考えたい」” 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2012年5月16日). オリジナルの2016年11月9日時点によるアーカイブ。
  21. “しずちゃん、異例の優勝 決勝直前に相手が号泣、棄権” MSN産経ニュースwest (産経デジタル). (2012年12月24日). オリジナルの2016年11月9日時点によるアーカイブ。
  22. “しずちゃんリオ挑戦OKに 年齢緩和で” デイリースポーツオンライン (デイリースポーツ社). (2013年4月10日)
  23. “しずちゃん、闘病トレーナーに贈るリベンジ星 女子ボクシング新大会で快勝!” スポーツナビ. (2013年4月2日)
  24. “しずちゃん 韓国選手との親善試合に判定勝ち、笑顔で「リオ目指す」” スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2013年12月23日)
  25. しずちゃんアマ世界選へ闘志!ア大見送りの悔しさ「取り返す」 スポニチアネックス、2016年11月9日閲覧
  26. しずちゃん1回戦敗退 0-3で判定負け 女子世界ボクシング スポニチアネックス、2016年11月9日閲覧